【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光- 20話 思惑通りと想定外2-風雲急を告げる-
(まただ・・・)
この数日間、誰かにつけられている。
視線や気配が微かなのは、おそらく距離が離れているからだろう。振り向いて姿がある訳ではないが、気配は同じ人間のもので、放課後の時間になると現れる。距離を詰めるわけでもなく、ずっとつけて来る。
「ごめんなさい、ちょっと良いかしら」
背後から声がして、ビクッと肩を震わせた。振り向くと年配の御婦人が腰を曲げて立っている。
「駒葉駅に行きたいんだけど、どちらに行ったら良いか教えてくださらない?」
「・・・駒葉駅ならこの通りを真っ直ぐに行けば着きますよ。駅が地下にあるから見えないんですが」
「あら、そうなの。ありがとう」
御婦人は笑顔を振りまいて、駅の方に歩いて行った。その姿を見送り終わると、踵を返して駅と反対へ向かおうとした。すると目の前に、制服姿の1人の女子高生が立っている。
「突然すみません、鷲尾澪さんですか?私・・・都立駒葉高校1年の茅野柊と言います。あなたが目撃された中高生襲撃事件の件で、少しお話を伺えないでしょうか」
「え?」
澪は女子高生に声をかけられると思っておらず、変な声が出てしまった。
「すみません、驚かせてしまって」
「ど、どうして、俺が襲撃事件の目撃者だと?」
「私、友人が襲撃に遭って、犯人を探しているんです。人づてに聞いて回ったら、あなたの名前が出てきたので・・・どうしてもお話が聞きたくて」
「目撃した情報は全て警察に話しています。それ以上なんて何も出てきませんよ」
「それでも良いんです・・・お願いします」
彼女は深々と頭を下げた。澪はなぜか彼女から目を離せなかった。澪は自分のことをつけていた人間の気配とも異なっていたため、警戒を解いた。
「分かりました。・・・お話します。ここでは人目につくし、カフェにでも入りましょうか」
澪と柊は駒葉駅から少し離れた個人経営のカフェに入った。以前から一度来てみたいと思っていた店だ。元々あった古い喫茶店を改装したらしい。注文を終えると、柊とは特に話題もないので、澪はさっそく自分が目撃した情報を話すことにした。
「ーー俺が目撃したものなんですが、君と同じ制服を着た女の子が少し前を歩いてました。すると突然、彼女に黒い影がまとわりついたと思ったら、いきなり倒れたんです。駆け寄ったけど意識がなく、周囲にも犯人らしい姿はありませんでした」
柊は真剣に澪の話を聞きながら、口元に手を当てて考え込んでいる。その間にオーダーしたコーヒーが運ばれて来たので、澪はコーヒーに口をつけた。
「・・・鷲尾さんは幽霊の類を見たことがありますか」
彼女が突拍子のないことを言うので、澪は危うくコーヒーを吹き出しかけた。
「え?ひょっとして、黒い影の正体は幽霊だとお考えなんですか?」
「・・・教えて頂けますか」
柊があまりにも真剣に尋ねるので、澪は気を取り直して口を開いた。
「えっと、そうですね。昔から幽霊の類はよく見ました。うちは代々神職の家系なのもあってか、家にもそういうのがよく寄って来ていたので」
「神職・・・そうですよね。どこかでお見かけしたことがあるなと思っていたんです」と柊が呟いたが、ちょうど店内に来客があり、澪の元には届かなかった。
「何か?」
「すみません、こちらの話です。黒い影は女の子にまとわりついた後、どうなりましたか?」
「黒い影ですか?えっと・・・少し待ってください。思い出してみます」
澪は目撃した出来事の記憶を呼び起こした。
「黒い影は・・・塵のように消えていった気がします」
「消えていった・・・?」
「はい、まとわりついていたのは彼女の意識があった間だけで、倒れ込んだ瞬間に紙が燃えていくようになくなったというか・・・」
「そうでしたか。ありがとうございます。参考になりました」
そう言い終えると、柊はコーヒーを飲み始めた。
「俺からも聞いて良いですか」
「なんでしょう?」
「もしかして、剣道とかやってますか?」
「・・・どうしてそれを?」
「俺も剣術をやってて、手のマメの跡や筋肉の付き方見てそうなのかなって・・・」
柊は一瞬驚いた様子だったが、すぐに平静を取り戻した。
「・・・おっしゃる通り、剣術はやっています」
「やっぱりそうでしたか。周囲でやっている人間が少ないから嬉しくなってしまって。すみません」
「鷲尾さんはなぜ剣術を・・・?」
「俺は神職に携わる兄のような才能がなくて、落ち込んでいた時期に剣術に出会ったんです。だいぶ腐りかけた時期もあったんですが、剣術のおかげでここまで改心できました・・・って、話し過ぎましたね」
「私は・・・大切なものを守りたくて、剣術を始めました」
「大切なもの・・・・?」
「私は昔、大切なものを失くしてしまいました。今想起しても、本当に自分の行動が正しかったのか、分かりません。でも、そんな悔いをもう二度としないように、できることはしたくて・・・」
柊は小さくため息をついて、制服のポケットから名刺入れを出した。
「ここまで真剣にお話くださったのに、私が話さないのは礼儀を欠きますね。すみません。私は鷲尾さんに本当のことをお伝えしていませんでした」
そう言いながら、柊は澪に名刺を差し出した。
「友人が被害に遭って、犯人を探しているのは本当です。でも、私は任務としてこの事件に携わっています」
名刺には『独立行政法人 国立情報調査局 危機管理対策本部 1級情報統制官 茅野柊』と書かれている。
「国立情報・・・え?」
「ごめんなさい。所属先が長くて・・・私たちは”本部”と称しています。特殊事案のため、警察に協力して本件にあたっています」
「あの、俺なんかにこんな情報出して良かったんですか。特殊事案ってことは守秘義務とかありますよね・・・?」
「本来は出すべきではなかったと思います。それでも、あなたが高校生の私の言葉に真摯に向き合ってくださったので、私も応えなければと思いました」
「・・・連絡先」
「え?」
「連絡先教えてもらえませんか?あ!いや、誤解を招いたらすみません。何か思い出したことがあれば、連絡をしたいと思って・・・」
柊は微かに笑って、「ありがとうございます。よろしくお願いします」といって、LINEのQRコードを差し出した。柊のスマートフォンに【鷲尾澪】という名前が表示される。
「スタンプ送っておきますね」
「ありがとうございます、届きました」
「澪さんって、素敵なお名前ですよね」
「そうですか。両親が女の子が欲しかったみたいで・・・てっきり女の子だと思って名前を決めてしまっていたみたいなんです。昔から名前で勘違いされてしまうことが多くて、複雑なんですが・・・」
「私は名前から男の子に間違えられていました。名前って不思議ですよね」
柊は優しく笑った。澪はその笑顔に既視感があったが、どこで見たのかは思い出せなかった。
*
(実家に行けば、あの黒い影に関する資料があるかも知れない・・・)
澪は柊と別れてから、実家に向かうことにした。実家は代々神職を生業とする家で、様々な文献が保管されている。
澪は高校に上がるタイミングで実家を出た。神職の才能がなく、息苦しかったのも大きい。大学入学後、実家に来るのは初めてだった。
「澪、おかえり。来ると思って待ってたよ」
「あれ、兄さん。仕事終わったんですか。早かったですね」
「澪、今日女子高生と会っていただろう?」
「え・・・?!どうしてそれを・・・?」
「お前に何かあったらまずいだろう?俺は心配なんだよ」
兼路はにこりと笑ったが、澪は寒気がした。兄の兼路は澪に対して、昔から行き過ぎた行動を取ることがあった。澪を馬鹿にした同級生を全員殴って怪我をさせたこともあるし、いじめていた同級生を父親に根回しして全員退学させたこともある。
「・・・大丈夫ですって。今日会ったのは、駒高に通う茅野柊さんという子です。友達が襲撃事件に遭って、人づてに俺のことを聞いたって・・・」
そこまで話して、澪ははっとして兼路を見た。
ーー【澪、もし襲撃事件について聞きたいとお前に接触してきた奴がいたら、警察に相談するから俺に教えてくれないか?】
澪には以前LINEに来ていた兼路の言葉が脳裏をよぎった。
「・・・まさか兄さん、俺のことをつけたりしていないですよね・・・?」
「急にどうしたんだい」
「ここ数日ずっと誰かにつけられている気配を感じてました。・・・俺は神術は使えないけど、気配を機微に感じ取れます。・・・茅野さんは怪しい人ではないので、警察に相談する必要はないですよ?」
澪はおそるおそる兼路に念を押した。
「もちろんだよ。むしろ、彼女の友人が被害に遭って大変なんだったら、何か協力した方が良いかも知れないな。連絡先は知っているのか?」
「いや、知りませんが・・・」
「そうか、では近々会いに行かなくては・・・」
「兄さんがそこまでする必要ありますか?神術で対処できる訳でもないでしょうし、警察に任せた方が・・・」
「警察はアテにならないからな。神官が捜査協力した方が進展するかも知れないだろう?」
そう言って、兼路は不敵に笑った。
【次話はこちら】21話 新たなる敵1-木に竹を接ぐ-
ご覧頂きありがとうございます!頂いたサポートは文献の購入費用と物語後半に登場する場所の取材旅費に充てさせていただきます・・・!