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【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光- 50話 思わぬ再会4-一樹の陰一河の流れも他生の縁-

前話】 【最初から】 【目次】 【第二章登場人物】【番外編

みお珠川たまがわの河川敷で、永遠とわしゅうに自身の過去を打ち明けていた。千年前から続く古い家柄ならではのしきたりやむごい仕打ちに、後に2人は絶句してしまうのであった。

―――――

15歳の誕生日を迎えても、俺は神官として覚醒かくせいしなかった。血のにじむような努力をしてきた俺は学力も剣術も都内ではトップクラスだったが、神官としての才能には恵まれなかったようだ。
ここで、俺の人生は大きく狂ってしまった。生まれて初めて味わう挫折ざせつだった。どんなに努力しても、才能がなければやっていけない。5歳年上の兄・兼路も通っていた、神官の登竜門である東櫻とうおう大学附属高校への入学も諦めた。学力的には成績優秀な生徒が集められる特進科にも入学できるが、神官の一族である鷲尾わしのお家では代々神道科への入学のみ認められていた。
一般には告知されていない神道科。神官の素質を持った者達が集められる特別クラスで、神官になるための稽古けいこを一緒に付けてもらっていた奴も通学している。神官として覚醒できなかった俺のことを内心馬鹿にしているだろう。そいつらと高校生活を送ることを想像したら耐えられなかった。
そこからの数ヶ月は放心状態でよく覚えていない。今までの”習慣”だけで中学に通っていた。心を鎮め笑顔をり付け、今まで通り過ごすようにしていた。

「澪、お前は高校の入学のタイミングで離島の全寮制の高校に行くんだ。分かったな」
中学3年の12月。それが、数年ぶりに再会した父に言われた言葉だった。
推薦入試は1月だったが、俺は糸が切れたように不登校になった。父親に言われた推薦も受けなかった。
本当は兼臣かねおみくんに相談したかったけど、兼臣くんはこの頃体調を崩していて面会謝絶だった。連絡を入れても何の音沙汰おとさたもなかった。
一族からは白い目で見られるようになり、居心地が悪くなった俺は家を飛び出した。深夜になっても家に帰れずとぼとぼ歩いていたら、不良に目をつけられて喧嘩けんかになってしまった。剣術をやっていた俺は相手を撃退することが出来たが、深夜の乱闘騒ぎということで警察が駆けつけ、俺は補導されてしまった。
人生、何もかも終わってしまった――。
俺はどうしようもない虚無感を抱えていた。荒れた俺は髪の毛を青髪に染め、耳にピアスを開けた。
見かねた兄から新潟の高校に行かないかという打診があった。高校に行くつもりはなかったが、兄の体裁を保つために最後は折れて、俺は新潟の高校への進学が決まった。

有坂家の管轄内にある朝海あさみ道場。俺は道場の中で寝転がりながら時間をつぶしていた。もちろん剣術の稽古なんてする気力がわかないので、服装は長袖のTシャツにスウエットのズボンを履いている。新潟に来てからも髪は青色で、両耳にはピアスをつけていた。
「”リョウ”、高校の入学式に行かなかったのか」
道場主の朝海まことさんが道場の引き戸を開きながら声を掛けてきた。もちろんリョウという名前は偽名だ。鷲尾家の人間がいると分かると騒ぎになってしまう可能性があったので、本名の澪を音読みしてリョウと名乗ることにした。俺の事情を知っているのは朝海さんだけだ。
「――そうですけど」
痛いところを突かれた俺は素っ気なく答えた。
「中学の卒業式にも出なかったそうじゃないか。続いて高校の入学式まで・・・全く困ったもんだな!」と言いつつも、朝海さんが困っている様子は微塵みじんもなく、かかっと笑っている。
新潟に来てからの俺にとっての日常は、与えられた自分の部屋とこの道場を行き来するだけの毎日だった。高校に入学したところで変わるはずもない。
(出席日数が足りなくて留年するのも、退学になるのも時間の問題だな・・・)
「そうだった。今日からお前の妹弟子が来るぞ」
「え、初耳なんだけど・・・妹弟子ってことは女・・・?」
「メイって言うんだ。仲良くしてやってくれ」
突然そう言われて困惑した俺は、思わず身体を起こした。
「いや、仲良くって言われても――」
「失礼します!」
道場の入口から威勢の良い高い声が聞こえたので、俺も朝海さんも目をやった。そこには真新しいセーラー服に身を包んだ少女が立っている。
「本日からお世話になります!よろしくお願いいたします!」
「おぉ、メイ来たか!」
「・・・メイ?」
少女はピンと来ていない様子だったが、はっとした後で「もうそれで良いです」とつぶやいた。朝海さんに誘導され俺の前に立ったメイという名の少女は、じっと俺のことを見つめている。髪は肩の長さでそろえられており、前髪の隙間すきまからのぞく二重のひとみにはぎらぎらと炎が灯っている。
(うわっ、面倒そうなやつが来たな・・・)
「メイ、こいつは兄弟子のリョウだ。よろしくな」
「よろしくお願いいたします」
「・・・あ、あぁ」
俺に対して丁寧にお辞儀をするメイだったが、俺は短く返すだけだった。
「メイ、それじゃあ部屋に案内しよう。中学は明日から行くんだよな?入学式後の転入で大変だと思うが頑張れよ」
「はい、ありがとうございます」
そう言うと、メイは朝海さんと一緒に道場を後にした。これが彼女との出会いだった。

メイが来てから1ヶ月が経った。朝海さんに聞いたところ、彼女も親戚しんせきからここに預けられたらしい。ただしやる気のない俺とは違い、メイは暇さえあれば寝る間を惜しんで剣術の稽古をしていた。
早朝から走り込みをして、道場で素振りをしてから身支度を整えて中学へ行く。学校が終わるとすぐに道着に着替えて、他の生徒と一緒に稽古に出る。夕飯を食べてから21:00頃まで素振りをして道場の掃除、自室に戻って宿題をして就寝しているようだ。土日に至っては朝から晩まで道場にいる。
そんなある日、道場の入口から1人の少年が入ってきた。
「メイ、俺も稽古に参加させてくれない?」
大和やまとさん!今日は稽古に参加できそうなんですか?」
大和と呼ばれた少年は俺の1つ下でありながら、すでに師範代を務めていた。朝海さんいわく、剣術なんて必要もないくらい、神官としての才能も抜きん出ているとのことだった。
「あぁ、任務が続いていたから非番にさせてもらったんだ。最近剣を振れてなかったからさ・・・なぁ、リョウもやらない?」
大和が満面の笑顔でこちらを向いた。悪気は全くないんだろうが、これだから陽キャはと俺は内心ため息を吐いた。
「俺はいいよ。2人で勝手にやれば?」
予想の範疇はんちゅうだったのか、大和は「本当につれないな〜」と言いながら頭をかいた。
「しょうがない、メイ始めよう」
「はい、お願いします!」
2人が稽古をしている日も、俺は道場でずっと居眠りをしていた。

ある土曜の満月の晩、朝海さんに頼まれて俺が稽古中のメイのところに行くと、メイはひたすら素振りをしていた。俺が道場に来たことさえ気づいてない様子だった。メイは満月の夜になると、平日だろうが土日だろうが徹夜で稽古をしていた。
(満月の夜って狼女おおかみおんなかよ。もう深夜の2:00だぞ・・・剣術をそんな必死にやって、何になるんだよ・・・)
俺の呼びかけにも気づかず、無我夢中で剣を磨くメイを見ていて、俺は段々と苛立いらだちを覚えた。
「おい!」
俺が大きな声で呼ぶと、メイは手を止めてこちらを見た。額には大粒の汗が浮かび、汗がほおを幾重にも伝っているのが見える。
「リョウさん、どうされたんですか。こんな時間に珍しいですね」
「朝海さんに頼まれてな・・・それより、今何時だと思ってるんだ。さすがにやり過ぎだろう」
「・・・満月の夜は眠れなくて」
俺から顔を背けながらメイが小さく言った。
「満月の夜・・・?」
俺は怪訝けげんそうに言ったが、メイは「なんでもありません」ときっぱり言い切った。
「ご心配ありがとうございます。でも私には時間がないんです。リョウさんの邪魔はしませんから、放っておいてください」
「あのなぁ・・・子供が一睡もせずに稽古するなんて体に良くないって、朝海さんは心配してるんだぞ?それに・・・メイはなんでそんな必死に剣術なんてやってるんだよ。今どき剣術なんて何の役にも立たないだろ?」
「役に立たないと決めつけないでください。私には剣術が必要なんです」
つっけんどんに言葉を返すメイに頭にきた俺は、強制的に稽古を終わらせるためメイの右手をつかんだ。その拍子に木刀が地面に転がっていく。
「何するんですか!」と叫び、メイが俺のことをにらみつけた。
「いいから、それ以上はやめとけよ!じゃないと、このこと朝海さんに言いつけるぞ――」
そこまで言った時、掴んだ手のひらは豆だらけになっており、右手の前腕にあざのようなものがあることに気づいた。俺に隙が生じたのを見逃さなかったメイは咄嗟に腕を引いた。
「――苛立たさせてしまい申し訳ありません。そんなに私を止めたいのなら、いっそのこと剣術で勝負をしませんか」




【次話】51話 思わぬ再会5-一樹の陰一河の流れも他生の縁-
7/12(金)22:00頃更新予定


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