【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光- 45話 緻密な計略2-酸いも甘いも噛み分ける-
【前話】 【最初から】 【目次】 【第二章登場人物】【番外編】
つばめヶ丘神社での戦闘の末に東雲医院に運ばれた澪は、このままだと命の危険が伴うと美鶴から宣告された。
「確かに顔色は悪いっすけど、澪さんの言う通り休んでいれば良くなるんじゃ・・・澪さん医大生だし、自分の体調くらいわかるんじゃないっすかね・・・?」
動揺する永遠に対し、美鶴は首を横に振った。
「生気というのはゼロになればすなわち死を意味しますが、生命維持のための境界線も存在するんです。血液で言えば致死量ですね。澪くんは今――生気を使いすぎて危険な状態です」
「それって、このままだと澪さん死ぬってことっすか?!」
永遠は自分の心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
「少々大げさですが、そう受け取って頂いて相違ありません」
「それって治療方法あるんすか?生気って生命エネルギーみたいなもんっすよね」
「・・・橘さんのご指摘の通り、普通の医者であれば、生気不足の手立てはできませんよ・・・美鶴さんはどうやって処置されるおつもりですか?」
澪はそこまで言うと湿った咳をした。
「それは・・・」
美鶴は言いづらそうに言葉を詰まらせた。澪は美鶴の様子を伺いつつ、首から下げている水晶に手を掛けている。
(は?なんで澪さん抜刀準備してるんだ・・・?!まさか・・・)
永遠は咄嗟にポケットに入れている朱槍の石突を握りしめた。
「・・・回復術で生気を移すつもりですか?美鶴さん・・・いえ、玄武とお呼びした方が良いですか・・・?」
「玄武・・・?!玄武って四官の1人じゃ・・・?!」
永遠は言葉の意味が飲み込めずに澪の言葉を反復した。美鶴は口元に笑みを浮かべているが、目は笑っていない。
「・・・ずっと気になっていたんです。幼馴染であるとはいえ、芝山さんが美鶴さんを巻き込む理由が・・・いくら怨霊が見えるとは言え、無関係だったら頼むでしょうか。だからこそ、俺は美鶴さんが元々関係者なのではないかと考えたんです。美鶴さん・・・3年前の珠川河川敷爆破事件の際に、現場にいらっしゃいましたね?」
(珠川河川敷爆破事件・・・!?)
驚愕する永遠をよそに、澪は口元に手を当ててゴホゴホと咳き込んだ。手のひらには血がついている。
「澪さん・・・!」と声をかけつつ、永遠は急いで駆け寄った。澪は肩を上下させてゼェゼェと苦しそうに呼吸している。
「澪くん、今は何も喋らないでください・・・施術をして症状が落ち着いたらお話しますから」
「・・・約束ですよ」
美鶴との約束に漕ぎ着けた澪は青い顔で笑みを浮かべた。
「――永遠くん、お願いがあります」
「な、なんすか・・・?」
美鶴が言い出しにくそうに切り出したので、永遠は警戒しながら尋ねた。
「私は生まれつき生気が多くありません。私の生気を移したら私にも命の危険があります。私の術で永遠くんの生気を澪くんに移させてもらえないでしょうか」
「俺の生気をですか・・・?」
「私が術式を組んで永遠くんの生気を乗せれば、永遠くんの生気を澪くんに移すことができます。生気を提供する人間は多少なり痛みを伴ってしまうのですが」
永遠は美鶴の言葉を信じて良いのか揺らいだが、それ以上に澪のことを助けたいという気持ちの方が強かった。
「美鶴先生のこと信じて良いんすよね・・・?」
「はい、信じてください」
美鶴の淀みのない瞳を見つめて、永遠は小さく息を吐いた。
(今のままだとどっちみち澪さんは危険な状態だ。信じるしかねぇよな・・・)
「・・・澪さんには助けてもらってばかりなんで、俺にできることはやります」
「橘さん・・・ありがとうございます」
澪は永遠にお礼を言いながら再び咳き込んだ。
「澪さんはもう喋んなって・・・」
「では澪くん、こちらの診察台に横になってください」
美鶴に促されるまま、澪は診察台で横になった。
美鶴は「開けますね」と言いながら澪のシャツのボタンを外していく。
「永遠くん、澪くんの心臓の上にそっと左手を置いてくれますか?直接送り込みたいので肌の上に置いてください」
「りょ、了解っす」
永遠は「失礼します」と断りを入れつつ、澪の胸の上に左手を置いた。
「では参ります」
そう言って診察台の反対側に回った美鶴は右手の人差し指と中指を顔の前で立て、左手を永遠の左手の上に置き、言霊を呟き始めた。
「木生火、火生土、土生金、金生水、水生木。相生巡りたまえ」
美鶴が言霊を言い終わると重ねている左手から紅玉の光が吹き出した。それと共に永遠の身体にビリビリと衝撃が走り、眼の前がぐにゃりと歪んだ。
(生気を移すってこういうことか・・・!)
「永遠くん、もう少し頑張ってください・・・!」
紅玉の光を灯し続けると、徐々に澪の顔色が回復していった。一方で永遠はどんどん息が粗くなり、診察台に寄りかかって右手で身体を支えて、辛うじて立っているのがやっとだった。額からは脂汗が吹き出している。
1分ほどして美鶴が左手を持ち上げると紅玉の光が消え、永遠はその場に倒れ込んだ。
「永遠くん、大丈夫ですか?!」
「身体がだるいっすけど大丈夫っす・・・澪さんは・・・?」
「ありがとうございます。先程より気分が良くなりました」
澪は診察台の上でゆっくり起き上がった。
「澪くん、まだ動いてはいけません・・・!」
「ご心配には及びません・・・もう大丈夫ですよ」
澪の言葉を聞いて、美鶴は安堵の笑みを浮かべた。
「お2人とも、今日はこちらにお泊りになってください。私と話しておきたいこともお有りでしょうし・・・晴には連絡をしておきます。あと永遠くんのご両親にも」
「ありがとうございま――」
立ち上がろうとした永遠は立ち眩みからバランスを崩しそうになってしまい、澪がすかさず手を引いた。
「橘さん、大丈夫ですか?すみません、俺のせいで・・・」
「俺は平気っすから気にしないでください」
「そういう訳にはいきません。橘さん、俺が車椅子を押すので乗ってください」
永遠は遠慮しようとしたが、思ったよりも足元が覚束なかったため、澪の言葉に甘えることにした。
「病室へ移動しましょう」
そう言うと美鶴はエレベーターを使って2階の病室へ案内した。2人部屋の中央を仕切るカーテンを開けると、それぞれのベッドに腰をかけるように促した。美鶴は2台のベッドの真ん中に丸椅子を移動させて浅く腰をかけた。
2人が腰を据えると、美鶴は小さく息をついてから口を開いた。
「・・・澪くんが推察された通り、確かに私は前世の四官、玄武です。前世の記憶も継承しています」
「なんで・・・今まで俺たちに黙ってたんすか」
永遠の素朴な疑問に対して、美鶴は申し訳なさそうに口を開いた。
「現場に出ることにトラウマがあるんです・・・。智大くんのように現場に出ることができない四官なんて、逆に神官に狙われて足手まといになってしまう。なので、晴と智大くんと相談して言わないでおこうということになりました。外傷は通常の手術でカバー出来ていたので、回復術を使ったのは本当に久しぶりです」
(美鶴さんにトラウマがあったのか・・・とはいえ、これ以上踏み込むのはやめといた方がいいよな・・・)
永遠が考えを巡らせている中、澪は視線を送って詮索は不要と首を振った。
「そういうことだったんですね。わかりました。あなたの気持ちを尊重します・・・玄武は、前世では中立の立場であったと文献に残っておりました。現世は味方だと思っていて良いのでしょうか」
口調は穏やかだが、澪の手には刀の入った水晶が握られている。
「私は五麟や太陽の覡の敵ではありません・・・ご安心ください」
澪はじっと美鶴の様子を伺っていたが、小さく息をついてから水晶を手放した。
「美鶴さんは他の術式も使えるんすか?」
永遠が尋ねると、美鶴は神妙な面持ちで頷いた。
「ええ。私は四官の中で最上位であったため、詳細はお話できませんが、他の四官では使えない術式を会得しています」
「もちろん、柊さんはあなたが玄武であることを知っているんですよね。そして・・・3年前の河川敷爆破事件の現場にあの方もいたのではないですか?」
そう問いただす澪と美鶴の間に緊張が走った。
「――柊さんに確かめたんですか?」
「直接的な回答を得た訳ではありません。ただし、珠川河川敷爆破事件について言及したら動揺が見られました。3年間、覚醒直後から第二解放を封じていたことは言質が取れています。推測の域は出ておりませんが、芝山さんから借りた当時の資料と突き合わせてもほぼ間違いないかと」
澪と美鶴のやり取りを永遠が固唾を呑んで見守っていると、美鶴は淡々とした口調で語り始めた。
「・・・確かに私は3年前、あの事件の際に現場にいました。しかし、索冥が何も語っていない状態では勝手にお伝えする訳にはいきません」
美鶴の言葉を聞いた澪は大きく息を吐いた。
「分かりました。俺も柊さんの周囲を嗅ぎ回りたいわけではありません。この先はあの方に直接聞くことにします」
「・・・はい、お願いします」
「別件で一つ、美鶴さんにお願いがあるのですが」
「・・・なんでしょう?」
美鶴は警戒しながら澪に尋ねた。
「俺を美鶴さんの弟子にして頂けませんか?」
【次話】46話 緻密な計略3-酸いも甘いも噛み分ける-
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