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【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光- 1話 幼馴染の噂1-火のない所に煙は立たぬ-

前話】 【目次

橘永遠たちばな とわは目を覚まして自分の部屋を見渡した。日の出が近づいているようで、カーテンの隙間すきまから光が漏れている。何度も見るあの夢。建物と登場人物からして最近の話ではない。映画やテレビで目にしたのか心当たりがないにも関わらず、繰り返し見てしまう。気味が悪くて、あの夢について口にしたこともなかった。
(幸先悪いな・・・)
枕元まくらもとに置いてあるスマートフォンに手を伸ばした。
「げ、まだ5時15分・・・」
永遠は布団をすっぽり被り、体を丸めてもう一度寝ようと試みたが、あきらめて布団をはね除けた。
ベッドから気怠い体を起こして、洗面所で顔を洗う。自分の部屋に戻り、クローゼットにかけられた真新しいブレザーに手をかけた。ブレザーは丈詰めがされているものの、今の体格には合っていないので制服に着られているような格好になる。
「やっぱ似合わねぇな・・・」
永遠は全身鏡を見て思わず言葉をこぼした。持ち物の確認をしていると、勉強机に飾られている写真立てが目に入る。『つばめヶ丘がおか小学校卒業式』と書かれた看板の前で、永遠と一緒に笑う少年とうつむいた少女が立っている。
眞白ましろしゅう・・・やっと、3人でまた一緒に通えるな」
永遠は顔をほころばせた。

永遠が入学する都立駒葉こまば高校は市内で唯一の都立高校だ。都内の高校の中でも珍しい野球部とサッカー部が同時に練習できる大きなグラウンド、それに自習室、講義室、図書館、ラウンジなど自学自習の環境が整っているのが売りで、多少遠方であっても生徒が集まる人気校でもある。
永遠は6時半には都立駒葉高校・東櫻とうおう大学前駅に到着してしまったが、在校生はもちろん、新入生の姿もない。高校側の改札口に設置されたベンチに腰をかけて、自分で握ってきたおにぎりを頬張ほおばった。食べ終わると時間をつぶすためにスマートフォンを取り出して、最近ハマっているゲームに取り掛かった。夢中になってゲームをしていると、次第に在校生や、新しい制服に身を包んだ新入生でごった返し始めた。
永遠はスマートフォンのインカメラを使って、ワックスで整えてきた髪が崩れていないかを確認した。スマートフォンのディスプレイには8:00と表示されている。待ち合わせ時間を確認するために永遠は2人とのメッセージ履歴を開いた。
【明日は高校側の改札口に8:15集合にしよう】
永遠はもうすぐ2人が来ると思い、顔を上げて周囲を見渡した。
「お待たせ」
「わ!」
永遠が驚いて振り向くと、一之瀬いちのせ眞白がくすくすと笑っている。
「眞白!そっちから来ると思ってなかったから、びっくりしただろ!」
「ごめん。逆の改札に降りちゃったみたい」
眞白が改札口に現れると、周囲の女子から視線が集まり始めた。眞白はスラッとした体躯たいくに清潔感のあるストレートヘア、切れ長の目という芸能人ばりの風貌ふうぼうだ。
「永遠、ブレザーが全然似合わないね。制服に着られちゃってる」
「うるせぇな」
永遠はそう言いながら、リュックからペットボトルを取り出して喉を潤した。
「ねぇ、何時に来たの?」
「えっと・・・7時半くらいだけど」
「永遠は嘘を付く時、一瞬右上を見るんだよ。本当は何時に来たの?」
「ろ、6時半くらい・・・」
永遠は言いにくそうにぼそぼそと答える。
「6時半?!さすがに早すぎだよ!」
「んなこと言ったって5時過ぎに目が覚めたんだよ!家にいてもやることねぇし!」
永遠は大きな声を上げた後に、ハッとして周囲を見渡した。同じ制服を着た生徒やその保護者が何事かと振り向いている。思わず耳まで赤くした。
「永遠って、昔からそういうところあるよね」
眞白は笑いをみ殺している。
「・・・朝からなに騒いでいるの」
知った声がして2人が振り返ると、茅野かやの柊がうんざりした様子でこちらを見ていた。
「柊、来てたのかよ!」
柊が登場すると今度は周囲の男子がざわついた。ショートボブのスタイルで前髪を耳にかけるとアーモンドアイの二重が伺える。身体は細身だが筋肉質なのは中学から鍛えているからだ。
「柊おはよう。もう来てたの?」
「眞白、聞いてくれる?私、15分前には到着して永遠を見つけてたんだけど、永遠ったら、私に気づかずスマホゲームに熱中してて。声をかけるのも面倒だから、コンビニで時間を潰してたの」
柊は眞白にコンビニの袋を見せた。
「おい!何で声かけねぇんだよ!」
永遠は怒りをぶつけるが、柊には全く響いていない。
「ーーそれにしても、永遠はかなり大きめに制服を作ったのね」
「申し込む時に、高校入って絶対に伸びるからって言われてさ」
眞白は改めて永遠の制服に目をやった。
「永遠と並ぶと、まだ柊の方が少し大きいね。柊は何センチだっけ?」
「163。眞白はまた身長伸びた?」
柊は視線を上げて眞白に尋ねた。
「前に測ったときは175cmだったけど、もう少し伸びたかも」
「なんで眞白ばっかり伸びんだよ」
永遠は頬を膨らませる。
「そう言えば永遠、髪の毛どうしたの?」
柊が永遠の髪の毛をじっと見つめている。
「どうしたってなんだよ。せっかく高校生になるんだからと思って、サイドを刈り上げてスパイライルパーマをかけたんだよ」
永遠は身長が小さい上にぱっちり二重という見た目もあり、幼く見られることを人一倍気にしている。髪型を変えて大人っぽさを出せたらと初めて自分で美容院を予約したほどだ。
「良いんじゃない?永遠に似合ってるよ」
「部活に入るときに先輩に目をつけられなきゃ良いけど」
眞白は褒めたが、くぎを刺すように柊が忠告した。
「眞白、永遠。そろそろ学校に行かないと遅刻する」
柊が先頭を切って歩き出したので、2人が後に続いた。
「永遠、どうしたの?なんかニヤニヤしてるけど」
眞白が永遠の顔をのぞき込む。
「3人で登校なんて久しぶりだなって思って。中学は3人ともバラバラだったし、小学校以来だよな」
「俺は永遠が駒葉高校に合格できるか、内心ハラハラしてたよ」
眞白は苦笑いをした。
「私は難しいと思ってた。実際補欠合格だったし」
「柊、さらっと酷いこと言うなよ・・・ちゃんと入学できたんだから良いだろ?」
振動音がして、柊が肩掛けのカバンからスマートフォンを取り出した。
「おい、聞いてんのかよ」
永遠は鼻息を荒くしているが、柊はじっと画面を見ている。
「誰からの連絡?」
眞白が柊に確認した。
「兄さん。受験結果の連絡さえ既読無視だったのに、突然『入学おめでとう』って」
「柊のお兄さん相変わらずだね・・・仕事で海外だっけ?この間はイギリスにいたよね?」
「眞白、それは結構前だって。前回はアメリカだった。このところ、頻繁に飛び回ってるみたい。この連絡だって、どこから送ってきてるのやら。ありがとうとだけ返しておくわ」
文面を送り終えた柊はスマートフォンをカバンに戻した。
「永遠のご両親は入学式に来るの?」
「あ?うち?今日は来ない。千羽も中学の入学式で日程が被ってさ」
「千羽ちゃんが中学生かぁ。そっか。3つ下だからそうだよね」
「眞白んちは?」
「一応日程は伝えたけど、たぶん来ないんじゃないかな。忙しそうだしね」
「せっかく眞白が新入生代表で挨拶するのにな」
「仕方ないよ」
2〜3分も歩くと校門が見え始めた。都立駒葉高校・東櫻大学前駅から駒葉高校までは300mほどしかない。
『都立駒葉高校入学式』という看板の前で新入生やその親が思い思いに写真を撮っている。
柊が眞白にこそっと耳打ちすると眞白がはっとしてリュックからゴソゴソと紙袋を取り出した。
「永遠、今日が誕生日でしょ?おめでとう。これ柊と二人で選んだんだ」
「マジか!ありがとう!二人から直接祝ってもらったの久しぶりかも」
「開けて良いか?」
「もちろん」と眞白の承諾を取ってから紙袋を開けると、中にキーケースが入っていた。
「永遠が欲しがってたキーケース。壊れたって言ってたでしょう?気に入ってくれれば良いんだけど」
眞白が謙遜けんそんしながら言った。
「永遠が落とさないようにリールがついてるタイプにしたから」
柊が機能を補足する。
「サンキュ!今つけるわ」
校門の前に到着すると眞白が足を止めた。
「ねぇ、せっかくだから3人で撮ろうよ」
「そうだな!撮ろう撮ろう!」
永遠は眞白の言葉に賛同した。柊はカバンからスマートフォンを出して構えようとしている。
「おい!柊も写るんだよ!自撮りなら俺がやるから!」
永遠が柊の手を引いた。
「え・・・私は・・・」
「柊、ここは3人で撮っておこうよ」
眞白の言葉に柊も渋々輪に加わり、3人で撮影した。
「よし!行くか!」
永遠の掛け声を合図に校門を潜ると、新入生と保護者がごった返していた。各々校舎前に張り出されたクラス分け表を確認しているようだ。
「眞白、名前あったか?」
永遠が背伸びをしながら眞白に確認する。
「あ、見つけたよ。俺と永遠が3組。柊が4組だね」
「別れたかー。まぁ、さすがに3人一緒とはいかねぇか」
永遠が残念そうな声を上げた。
「隣のクラスだしすぐに会いに行けるよ。ね、柊」
眞白が呼びかけたが、柊は身体を強張らせている。
「柊?」
永遠が声をかけると柊が肩を震わせた。周囲を確認すると何人かの女子がこちらに視線を送っている。
「・・・なんでもない。私、先に行くね」
柊は俯いて短く答えたあと、足早に教室に向かった。
「俺なんかやらかした?」
永遠が首をかしげる。
「永遠はやらかしてないと思うけど、柊の様子おかしかったね。とりあえず俺たちも教室に行こう」
柊に続いて二人も昇降口へ向かった。

永遠と眞白は1年3組の自分の席に座った。五十音順なので眞白と永遠では対角線に席が離れている。眞白は後ろの座席の男子と話が盛り上がっているようだ。
「ねえ、駒葉二中の橘永遠くんだよね?」
永遠が声をかけられて顔を上げると、3人の女子に囲まれていた。
「ーーそうだけど、どこかで会ったっけ?」
3人のうちのロングヘアーの女子が再び口を開いた。
「私は平沢美沙ひらさわ みさ。駒葉七中出身なんだけど、中学の陸上大会で一度だけ橘くんに声をかけたことがあって・・・」
「悪い、俺覚えてなくて」
「2年前だし覚えていなくて当たり前よ!それより橘くん、高校でも陸上やるんだよね?」
「いや・・・怪我もしたし、陸上をやるかはまだ分かんねぇな」
永遠は頭をかきながら答えた。
「え!陸上やらないの?そんなの絶対ダメよ!」
「ちょっと美沙!橘くん困ってるよ?」
隣にいたポニーテールの少女が永遠に詰め寄る美沙を剥がした。
あおい、これは大切なことなの!」
美沙は吉川よしかわ葵に声を張り上げた。
「橘くんは駒葉市の陸上界で有名人なんだよ!中学から陸上始めて2年で関東大会まで出て入賞してるんだから!大きな怪我がなかったら、3年はもっと上に行けたはずなのに!」
永遠はあまりの気迫に無理に笑顔を作った。美沙の力説で教室内の注目が集まってしまい、クラスメイトがざわついている。
「陸上続けてほしいから考えておいてね!また聞くから!」
美沙が言いたいことだけ言って永遠の元を去っていく。葵と言う少女は美沙の後を追ったが、もう1人の眼鏡をかけた少女はその場に残っていた。
「ねぇ、校門前で茅野柊さんと一緒だったよね。橘くん知り合いなの?」
「あぁ、柊とは幼馴染なんだ」
「私は大石華奈おおいし かな。葵と美沙と私は七中出身で、茅野さんと同じ中学だったの」
「そうだったのか」
華奈は少し躊躇ちゅうちょしながらも口を開いた。
「橘くんって茅野さんに関する噂を聞いたことある?」
「噂?」
「そう、七中で広がっていた噂。茅野柊は――」




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