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泡日記 0618文学フリマ岩手8

「食べますか?」
目の前にずいっと差し出された容器に、一目で釘付けになった。黄色の丸いタッパーに見事なさくらんぼが赤々と盛られていた。
「わ!食べます、頂きますっ!」

山形から来たという隣人は、実家で育てているのを持ってきただけと朴訥に言うのだが、東京のスーパーで並んでいるさくらんぼの値段を知っている私はおどおどする。一個取ったら、もっと取っていいと言う。
本当ですか?と言いながら、二個目にそっと手を伸ばした。
東京ではさくらんぼなんて高くて買えませんから。(個人の意見です。)

ちゃんとした(ちゃんとした?)さくらんぼを買った記憶など本当にないのだ。先月子供の運動会のお弁当用に、普段はバナナ以外見て見ぬふりをするフルーツコーナーで、この時ばかりと奮発してアメリカンチェリーを買った。色も味も似て非なるものであるが、隣の山形産さくらんぼの半分の値段で有難かった。
実家にめちゃくちゃ生るんですよね。
そう言うと隣の人は、私を通り越して隣の隣まで黄色のタッパがまわっていくのを、開けた心を持つ人みたいな目で眺めている。みずみずしい玉が口の中でプツンと割れて爽やかな甘みが広がった。

ここは文学フリマ岩手の会場で、さっき開場したところである。
東京開催の時のようにどっと人が雪崩れ込んで来るようなことはないけれど、入り口にそれなりに人が並んでいるのが見えた。

まだ先の話しと思っていた日がとうとう来てしまい、設営の準備はシュミレーションして色々考えて来たのに、心持ちまで考えておく余裕がなかった。両隣の人もお向かいの人も場慣れして堂々と見える。顔をPOPで隠しながら、何かやっている体で指をもて遊び、参ったなと思っていた。そこにさくらんぼが廻って来たのである。
戻って来たタッパを返しながら少し話す。音楽関係の人なのか、英語で読めない屋号で、ZINEの他にカセットも並べていてお洒落である。読み方を訪ねたら山形弁をもじってつけたと言う。三回聞いたのに正しく発音できず恐縮しきりながら、互いの作品を物々交換した。話し方も雰囲気もそれとなく松山ケンイチに似ている。交換したZINEを早速隣で読んでくれたようで、感想をその場で伝えてくれた。直球で恥ずかしいという感情はなく、びりびりと嬉しかった。私もちゃんとここに居ようと思えた。

人の流れのようなものが出来る中で、立ち止まって下さった方が見本誌を開いて読んでくれている。書いたものが読まれるのを目のあたりにして、不思議な感慨に包まれた。
読む人の邪魔をしたくないから「ゆっくりしてください」という気持ちでなるべく存在を消すようにここに居る。でも中には話したいと思って下さる方もいて、そんな方のサインは拾いたいので様子はチラチラ伺う。
一番最初に買ってくださった方の時には一番てんぱっていたから、ちゃんとお礼をお伝え出来ただろうかと今になって気にしている。興味を持ってくださって、手にしてもらえて本当に嬉しかったです。

立ち止まってくれた人たちの中に「書きたいと思っているけれど、まだやれていない」「書いているけれど、どこにも公開していない」という人がちらほらいた。偉そうなことは何一つ言えないけれど、自分もそうだった事を話した。私の場合は、書く人になれる名前を自分に与えてからnoteを始めた。癖もあるし上手い文章でもないのに、身体から出すようにそのまま言葉を書き続けていると、読んでくれる人が出来はじめた。欠けた人間が書く文章を、読み手の心の方が大らかに自分側に引き寄せて読んでくれている。先はどうなっていくか分からないけれど、書く気持ちを保つことのできる自由な場所と感じていると伝えた。やってみようかな、と言ったあの人達が買ってくれた私のZINEを、ご自分がいつか書くための印のように置いてくれたら嬉しい。でもそれはもうその方の心の作用に任せるしかない。

今回「よかにふる」をデザインしてくれた友人が、表紙の絵を判子にして持たせてくれた。あともう一つ。値札をもぎる仕様になっているオリジナルの栞をサプライズで作ってくれていた。買い求めて下さった皆さんが、はんこを押し、栞をもぎる時間をゆっくり待ってくださった。その間に交わす一言二言の会話も、友人のデザインから生まれたものだと思っている。

1か月前の東京会場では叶わなかったこんな交流が果たせたのが、岩手に来たことの成果である。目の前で買って下さった人、興味を持って見てもらえる行為に、私自身が続けようと思う気持ちをもらえた。

岩手盛岡。
初めて訪れた街で過ごした良い時間、良い出会い。

時間を作ってさっと廻っただけなのに、どっさり魅力的な作品に出会う。
一人で打ち上げ。二日連続の盛岡冷麺でした。乾杯。
川の向こうに見えるのは岩手山。来年また来たいです。



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