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バースデイ【#2000字のドラマ】

『よるのピクニック』の3人の話をまた書いてみました。あれから一年後くらいのお話。

今日も学食へ行く。先に来ているであろうサチを探すが、見当たらない。私より遅く来ることなんて今までなかったのに。何かあったかな…?私はすぐ色々なことが不安になる。荷物を置き、読みかけの小説を開くが落ち着かない。

「やぁユイさん今日も早いですねえ」
いつものようにトモが賑やかにやってきて私はほっとする。
「おはよ。今日もおしゃれですねえ」
澄んだ秋空みたいな綺麗な青色のスカートをひらりと触る。
「ふふ。今日は誕生日ですから!おめでとう!私達!」
私とトモは、同じ誕生日だった。
生年月日が全く同じ。私達は「運命の双子」と呼んでいた。生まれた場所も育った環境も、性格も、何もかも違うけれど。二人でハグをしておめでとうを言い合った。

「…サチ、遅いの珍しいね?」
「大丈夫だよ、すぐ来る来る」
トモは余裕の表情で、今夜3人で行く予定のお店のホームページを見ている。
「もう堂々と飲んでいいんだもんね、楽しみだなぁ」
私達は、二十歳になった。
相変わらず、やりたいことをやって、必死で自由を謳歌している。でも最近は少しずつ、将来についても話すようになった。
サチは公務員試験を受けると決め、勉強を始めた。
トモは、東京で就職するつもりだと言う。
私は……
私は、何になりたいのだろう。自分が分からない。

「おはよー、遅くなった」
サチだ。来るなり私とトモに、小さな紙袋を一つずつ差し出す。
「お誕生日おめでとう」
「さすがサチ!ありがとー」トモはサチに抱きついている。
私はなんだか泣いてしまいそうだった。すぐ色々な感情でいっぱいになる。心の容量が少ないのだと思う。いつも溢れそうになって慌てて蓋をするのだ。
「もー、ユイは泣き虫だなぁ」
トモに背中をさすられる。
「泣いてないってば。サチありがとう、あけていい?」
中には白いレースの綺麗なハンカチと、手作りのクッキーが入っていた。
ハンカチには小さく「Y」の文字と一輪の花のモチーフが刺繍してある。
「わぁサチ器用だなーかわいい」
「え、これも手作り…?もーほんとに泣くよー?」
サチはこういうことをさらりとやる。去年のクリスマスにも、彼氏に手編みのマフラーを贈っていた。自分の想いを形にして届けられるあたたかさ。
私はいつも、もらってばかりだ。愛も、安心も、優しさも。どうしたら返せるのだろう。私にできることなんてあるのだろうか。

「あー今日も頑張った!よし飲みに行くかっ」
「なんかサラリーマンみたい」
「行こ行こ、18時に予約したから」

大学近くの駅ビルのレストラン街にそのお店はあった。そこまで格式高い雰囲気ではないが、入口が少し奥まっていて照明は暗く、大人な空気が漂う。私達がいつも行くオムライス屋さんの隣にそれはあって、いつか行こうね、と通るたびに言っていたのだ。

「わー来ちゃったね、うれしい」
「このコースにしよ、飲み放題で」
トモとサチがさくさく決めてくれる。
「なに飲もっかなぁ、カシオレ?」
「私カルーアにする。ユイは?何飲む?」
サチに聞かれ、「あ、じゃあ私も…」と曖昧に答える。
「カルーアミルクでいい?すみませーん!」
飲み物が揃い3人でグラスを合わせる。
「おめでとう!二十歳の私達!」

お洒落な店に来ても私達の会話は変わらず他愛ない。
「トモは今日リョウさんに会わないの?」
バイト先のカフェにいるトモの彼氏だ。一つ年上で、優しくて、音楽にとても詳しい。私も会ったことがあるが、話し上手で、夫婦漫才のように息がぴったりの二人だと思った。
「21時までバイトだから、その後かな」
「レンくんは?」
「部活。ご飯もみんなで行くって」
サチとレンは私達と同じクラスで、一年生のときから付き合っている。一緒に勉強したり、とても仲が良い。
「ユイちゃん。あなたはねーもったいないのよ」
酔ってきたトモがいつも以上に絡んでくる。
「私がはっきりしないからね…ダメなんだよ」
合コンで知り合った別大学の人と付き合ってみたものの、結局うまくいかなかった。その人は優しかったし私を大事にしてくれたが、私は自分の希望や気持ちをうまく伝えられず、いつしかすれ違ってしまった。
「ユイはもっとね、感情に素直になっていいんだよ?」
「そそ。嬉しいとか楽しいとか、不安も怖いのも全部、感じていいし溢れてもいいの!どんなユイも好きだよー受け止める!」
隣に座っていたトモが手を伸ばして私の肩をきゅっと抱きしめる。
サチが私の取り皿を、私の好きなポテトでいっぱいにして渡してくれる。
「嬉しい。ありがとう、二人に出会えてよかった、生まれてきてくれてありがとう」
いつもなら飲み込んでしまう言葉を、私は口に出して言ってみる。
「嬉しい!こちらこそだよー!」
「素直なユイ、すごくいいよ、大好き」
恐れずに今の自分の心を、ちゃんと感じて、伝える。それが受け取ったものへの一番のお返しになる。そこから、見えなかった世界が見えるのかもしれない。私が思うより、キラキラした優しい世界が。
「もう一杯飲も!何にしよっかなぁ?」
「私、スプモーニ、にする…!」
真っ先にそう言った私を、トモとサチが嬉しそうに見る。
「私達のこれからに!かんぱーい!」
少しだけ、強く生きる覚悟をした、二十歳の私の一日目の話。

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