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キャンドルが斜めに溶ける



 珍しく読書をしていない今日。読みたいなと思って部屋のどこへ移動するにも本は持ってあったけれど、結局開かずじまいだった。そういう日もある。

 午後から少しのあいだ雨が降った。扇風機の音が急に大きくなった気がしたので、うるさいなあと思いつつ扇風機の方を見たがいつも通りだったので、おかしいな、と思いつつ背中側の窓へ意識を集中させると、煩さの理由は雨音だったことがわかった。扇風機の音とちょうど混ざるような雨音。細かな雨が降っていたが、眺めているうちに母からラインがきた。「車の窓、大丈夫?」

 あ。

 私の車は黒いので熱の吸収が高く、窓を閉め切っていると、息を止めたくなるようなもうもうとした熱が車内に籠るため、乗り込むときに嫌な気分になることを少しでも和らげたくて窓を少しだけ開けている。(もちろん人の手は絶対に入れられないような幅だから特に盗難等の危険はない、と思っている)昨日の公園に行ったあと、いつも通り少しだけ窓をすかせてから降りたことを思い出した。

 今ならまだ間に合うぞと思い、すかさず駐車場へと向かったが、駐車場へと足を踏み出した途端に雨足が強くなり、すぐのことだから傘なんていらないと思っていたのにこれはどう考えても傘要るやつだ〜〜!!と思いつつも急いで車内へ乗り込み、さっさと窓を閉めた。特に濡れてもないしセーフ。濡れているのは自分だけ。

 車の中に傘はなく、今出て行くのは無理だと諦め、そのまましばらく車の中で過ごすことにした。すぐに戻れるだろうと思って着たから部屋着だし、スマホもないし、財布もない。うわーこんな時に本があったら。車の中に隠し本棚欲しいよ、こんな時こそだろ、なんて思いながら、まるで洗車機の中にいるような乱暴な雨がフロントガラスに絶え間なく打ち付けてくるのを眺めていた。フロントガラスには雨がどばどばと流れ続けているのに、案外横の窓は細かい水滴がついているだけだった。前と横でこんなに世界が違うとは。最近洗車に行けてなかったからこれでちょっとは綺麗になってくれればいいんだけど。ああでもこの車、車体が低いから洗車機でも下部洗浄を指定しない限りがうまく落ちないんだった。残念。雨音だけでもよかったけどこないだ買ったフラフラの曲でも聴こうと思い車のキーを回した。どうせこんな雨だし住民も気づかないだろ、ということで少しだけ音量を上げて、下半身に重低音が響いて震えるのを感じながら、歌詞カードを追いつつ曲を聴いていた。アルバム『スポットライト』を流していたけど、彼女はずっとこういう音楽がしたかったのかなあ、と思うと少しだけ切なくなった。時々YUIの頃のような優しい曲を歌っているけれど、圧倒的にアップテンポの曲が多い。歌詞の言葉遣いも大胆になっている。ずっと言いたかったんかな。こうやって音楽で訴えたかったんかな。挑発的にも取れる歌詞に、闘志のエネルギーを感じた。

 特に『コーヒー』という曲では、正直な彼女の気持ちなんだろうか、誰に宛てているのか気づいてしまうような、でも気付きたくないような、そんな気持ちになるけれど、この曲を歌い続ける彼女にとっては一つの決別でもあり新しい一歩を踏み出している意思表示なのかもしれない。


 ​Aメロ作ってBメロCメロ、そしてDメロ 決まった順番 自由とか発想とか無視してばかり こんなこと歌えばアイツは変わりすぎてるとか言ってる 普通もそうじゃないもどっちからしてもお互いに変なのに
 上手くいかないな ため息は続いてる だるくてしょうがない けど明日は来るんでしょ 
 ポップなメロディ嫌気がさすの 逆らって生きたら居場所がないの 塗り替える勇気も持ってないクセに 歌ぐらいは自由に歌わせてくれよ 消え失せろ…

 

  何度も何度も『消え失せろ』と歌うyui。この曲を受け入れないと今後フラフラの曲は聴いていけなかった気がする。消え失せろ、と一緒に歌ってみた、私にとっては誰にでもないはずのフレーズ、のつもりが、消え失せて欲しい存在があったらしい。頭の中でよぎったそれが勝手に消えて行くまで歌った。消え失せろ、消え失せろ…

 『普通もそうじゃないもどっちからしてもお互いに変なのに』、変だと誰かが言えば、賛同する人もいて、反対もいて、変だ変じゃない合戦が始まる。

 誰かにとっては稚拙な作品だと思われるかもしれないけれど、形をとにかく作って行くことが大事なのだと思った。したいようにやってみれば誰かには届くだろう、きっと、変だ変じゃないの範囲はあくまで勉強不足とかであって欲しい。

 口ずさんでいるうちにさあっと雨が小降りへと変わっていったので、今がチャンスや、とこれもまた急いでエンジンを切り車から出て家へと帰った。マンションなので駆け上がった頃には息切れがひどかった。そして走ったけれども寝癖が直せるくらいには十分濡れた。タオルで拭いていたら飼い猫がスンスンと人の体を嗅いでは訝しそうにしていた。雨の匂いを確かめていたのだろうか。今日は散歩ができないんだと察してくれてたらよかったのだけど。

 

夕方、色々な集中が途切れて、海外文学の新刊を見ていた。読みたい本をリストアップする時間もたまらなく好きだ。どんどん増えていく読みたい本たち。どう考えても海外文学の海は果てしなすぎる。死ぬまでにいくつ読めて、いくつ読めずに死ぬのだろう。いくつ手元にあるだろう。毎月何冊読めばいいだろう。財布が悲鳴をあげるイメトレをし始めていた。加減ってものを知りなさいよ、とセルフツッコミをやんわり入れる。どこまでいっても私は変なやつであるだろうけど、それでいいと思った。

 最近歌人の方もツイッターやnoteをフォローしていただけて嬉しい。読書仲間が7割で、1割はリアルの友達、2割は歌人や短歌関連の人 という状況なので、もっと増えていけばいいと思っている。あと仲良くしたい人もいる。(ジェロニモさんとかね…。なんでって、おそらく同い年なのだけどお笑いも面白いし短歌のセンスがいつも光っててとても素敵だから。同い年だよ、誇らしいだよでさ)でも友達になりたいって思うのって大のおとなが言うことではないのかな、なんて思っちゃって特に何にもできてない。歌人の人と仲良くしたいよ。特に同じ年代の人とかね。頑張って絡みにいくのでその時は(嫌じゃなければ)仲良くしていただきたい所存です。

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 実は、最近布団を敷いていない。人をダメにするソファ(無印良品)を枕がわりにして、適当に膝掛けとかブランケットとかをかぶって寝ている。布団を敷くことがめんどくさい。朝畳んで片付けるのもめんどくさい。起きればすぐ机、が理想だからこその、期間限定の怠惰である。長袖長ズボンだといいんだよね。寒くないから。


 寺山修司の詩集を読み直したい気持ちがふわふわ漂っているのを眺めながら横になる。

 

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