見出し画像

第165回直木賞『テスカトリポカ』書評

とんでもない作品を読んでしまった。スケールがデカ過ぎた。

2021年上半期(第165回)直木賞・第34回山本周五朗賞のダブル受賞となった佐藤究の『テスカトリポカ』。

本書は、メキシコの麻薬カルテルに君臨した麻薬密売人バルミロが、潜伏先のインドネシアで日本人臓器ブローカーの末永と手を組み、日本で子どもの心臓の密輸ビジネスを目論むという衝撃的なクライムノベル。

おぞましい暴力や底のない人間の欲望が描かれ、ひたすらに恐ろしい犯罪小説なのだが、その世界観にどんどんのめり込んでしまう自分がいた。

書評として、本書を読んで自分が感じたことを三点挙げたい。

1. Netflixでドラマ化したら、全世界にファンがつく

本書は、世界で通用する究極のエンターテインメントだ。
僕は常々、日本発の作品が中々世界的なブームにならないことを残念に思っているのだが、本書はその二の舞にはならず、実写化されればたちまち世界中にファンがつく大人気作品になれるポテンシャルを秘めている。

本書は、これまでの日本発の犯罪小説とは一線を画している。スケールが世界最高峰なのである。
本書は犯罪が扱われている作品だが、緻密に練られたストーリーとその意外性は、同じく犯罪が描かれた超人気海外ドラマ、『ブレイキング・バッド』『ナルコス』『ペーパーハウス』をも上回れる作品だと感じた。
Netflixといえば、世界に2億人以上の登録者数を抱える、世界一の動画配信型サブスクサービス。このNetflixでドラマ化されれば、瞬く間に世界中で話題になるだろう。

本書で扱っている題材は多岐に渡るのだが ーーー 暴力、麻薬、臓器売買、古代アステカ、信仰心、歪んだ家族愛、日本の孤児、中南米とアジア、医療、ナイフメイカー、アート、バスケットボール、クルーズ船、新型コロナウイルス等 ーーー それらが絶妙に混じり合い、独特の世界観が出来上がっている。
この世界観はこれまで触れたことがないもので、独自性が極めて高く、且つスケールがとてつもなく大きい。

朝日新聞社運営の「好書好日」インタビューの中で、作者の佐藤究さんが、「犯罪者はもともと海を越えた存在。犯罪者はリアリストなので、国境のハードルを感じることなく、利益のために海外とも手を組むことができる。犯罪の現場は世間が思っている以上に、目まぐるしく動いている」と語っている。

本書が全世界で受け入れられると感じたキーファクターの一つとして、国境をものともしない犯罪者が主人公だから、という側面も皮肉なことだが確かに存在する。

2. 悪人しか出てこないが、そんな悪人がカッコいい

驚くなかれ。本書には、悪人しか出てこない。
本書の主要人物たちは全員すべからく、法を犯している。
この作品には警察のような正義の味方は殆ど出てこないし、善良な市民にはスポットライトが当たらない。

悪人といっても、並大抵の悪人では済まない。
我々が想像し得る悪人とは格の違う圧倒的な悪をまざまざと見せつけられることになる。
本書の冒頭に登場するメキシコ人女性のルシアは、日本に流れ着き、日本の暴力団幹部に会って、こう思ったのである。

どんなに悪い男だろうと、メキシコの麻薬密売人ナルコよりましだわ。

圧倒的な悪とはどんな具合かというと、例えば、家族を裏切った人間がいたら、その人間の心臓を生きたまま取り出す。こんな具合である。
暴力の残虐性が、常軌を逸しているのだ。
漫画なら、グロテスクな描写に触れてもフィクションの世界に閉じ込められるかもしれないが、本書は圧倒的なリアリティをもって描かれているので、この悪人が実在していてもおかしくないと錯覚し、ゾッとする。

ただ、それでも、だ。
本書に出てくる悪人は、カッコいいのである。

中でも、バルミロが放つ悪のオーラは凄まじいものがある。
バルミロはメキシコで麻薬カルテルのトップに君臨していた頃、「粉」を意味するスペイン語の「エル・ポルボ」という通称で知られていたのだが、そのニックネームの由来は彼が好んだ拷問方法にあった。この拷問、残虐性に満ちた恐ろしいもので、実際に拷問が行われるシーンは戦慄を覚える。まだ本書を読んでいなくて気になる方は自分の目で確認してみてほしい。

バルミロは、現代の日本人が共感できるような人物では全くなく、近寄り難い存在だが、彼自身はといえば、家族のため、古代アステカの神・テスカトリポカに生贄を捧げるため、つまり彼自身の正義や信念に従って、一寸の迷いもなく動き続けている。
本書を読み進めていくうちに、気がつけば、このバルミロが次に何を言うか、次に何をするか、固唾を呑んで見守っている自分がいた。

バルミロのやっていることは、決して許されるものではない。
それでも、この物語を面白くしたのは、バルミロという“悪のカリスマ”であることには疑いの余地がない。

3. 生贄としての心臓と、ビジネスのための心臓

本書を理解するためのキーワードに「心臓」がある。

本書は、古代メキシコの“アステカ”の生贄の心臓を捧げる儀式と、現代の心臓売買が重なっていく話である。
この発想が、まず面白い。

宗教をきっかけにビジネスを作るのはよくあることだが、本書がユニークなのは、体にたった一つしかない心臓がその道具になっているということ。
生贄としての心臓と、ビジネスのための心臓。
このようなゾッとするテーマを、川崎を舞台にしながら描き、リアリティのある物語として成立させてしまうのだから、作者の力量にただただ感服する。

麻薬密売から派生して臓器売買を扱った理由について、作者は上述のインタビューの中で、「世界での臓器売買を追った『レッドマーケット』というノンフィクションの影響」だと語った。
「麻薬を頂点とするブラックマーケットに対して、臓器が売買されるのがレッドマーケット。麻薬密売人と心臓密売人の両方を扱った方がよりインパクトがある。現実に世界規模で行われている臓器売買は弱者が搾取されるグローバル資本主義の行きつく先という気がする」とも言った。

腑に落ちた。
臓器売買市場「レッドマーケット」は、その名前からも連想できるように、神に血を捧げた儀式とリンクしても何らおかしくないと思えるし、「臓器売買がグローバル資本主義の行き着く先」というのも、いくらかかってもいいから自分の子どもの命を救いたいと思い臓器購入に大金を払う富裕層がいて、そこに国境は関係ない、という事実が存在するためである。
本書の中で、様々な題材が入り組みながらも何ら矛盾なくうまく融合しているのは、そういうことかと妙に納得した。


以上が、本書を通じて僕が感じた三つの点である。

この作品が更なる広がりを見せ、日本の一部の読書好きの人たちだけの枠に留まらず、日本中そして世界中の人たちに面白いと思ってもらえたら嬉しい。

それにしても、バルミロは本当に恐ろしい男だった。

今晩、バルミロが夢に出てきませんように。


おわり

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?