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読書感想 #1 「殺戮にいたる病」


Kindle Unlimitedで小説を漁っていた時に見つけた一冊。
作者の苗字(我孫子)と同名の地名が大阪にあり、私は初めて一人暮らしをした時その近くに住んでいたことがある。この漢字を一発で読めてしまった自分から、生粋の大阪の田舎者の香りが若干したことはさておき。
今回は面白い叙述トリックのミステリー小説を読了したので感想や見解をまとめていきたいと思います。


※本内容はネタバレを含みます。


まず目を引くのはそのセンセーショナルな殺人方法。
主人公である蒲生稔は死体とつながることに本物の愛というものを見出した異常性愛の男だった。
殺した女たちには共通して説明できない魅力を感じ、そのことを「いい女」「最高の女」などという言葉で表現している。
首を絞め殺されて段々と冷えていく女の身体に対し、興奮を募らせ熱を上げていく稔の身体。そのコントラストが、実感的な表現で繰り広げられているのが面白かった。

冷えてゆく死体の中で、数億もの熱い命が迸る光景は、彼の脳髄を震えさせた。
これこそが本物のセックスだ。
今ようやくわかった。セックスとは、殺人の寓意にすぎない。

第一章


蒲生稔のコンプレックス

死体に対して本物の愛を見つけ、死体愛好者となった蒲生稔。
性的倒錯は親や家庭環境に原因があると教授が話すシーンがあるが、今回稔
を倒錯させる原因となったのはエディプスコンプレックスだった。
幼少期に昼寝をする母親のスカートの内側を見ようとしたところを父親に激しく叱られてから、父親は敵となり母親はますます神聖なものとなる。
稔は殺した女性に母親の面影を無意識のうちに探し続ける。

稔が考える「本物の愛」とは母親からの愛情を指していて、
自分以外、母以外に向けられる愛情は全て偽物だと認識していた。

母が一番大事にしているのは父ではなく自分だと、ずっと思っていた。

第七章

父が母のことをいじめている(犯している)ことが許せなかったのも、母親の愛情が父親に向けられているのが許せなかったことも、
本物の愛が、母親と自分の間にしか存在し得ないものだと信じていたからだろう。

殺した女性の共通点は自分に似ていること、すなわち母にも似ていること。
女性のパーツを持ち帰ろうとする時に胸を選ぶのは、女性の胸が母親や母性の象徴であると本能的に認識していたからだと思う。

結局肉体は腐り、稔の記憶からも薄れていく。
欲したものは何度も自分の手を離れていってしまい、本当の意味で手に入れることができなかった。
その描写が、幼少期に手に入れられなかった母親との理想の愛そのものと重なっている。
他人の面影に母親を見出しても、実際に母に手をかけても、
母という概念自体はどう足掻いても、稔の手には入らないのだということ。

それがわかっていたから、稔は相手を「殺す」ということで自分だけのものにしたという満足感を得ていたのだろう。


雅子の執着が生み出した勘違い

息子の部屋に入り、ゴミ箱の中を漁って、一週間のマスターベーションの回数を把握する。把握しておきたいと感じる割に息子の性的な行為に対し気持ちが悪いという感覚を持つのは母親としては正常なのだろうか。
自分の息子に限ってはそんなことはあり得ないと思い込み、平穏な家庭に対する執着が強い雅子。
変容すること、自分の理想から息子が外れていくことに対してかなり否定的である。

最後の逮捕の報道で、稔が実際は43歳の大学教授であることが明かされたことで、本編では稔が雅子の息子であるかのような勘違いを引き出す叙述トリックが使われていたことに気がつく。
改めて見返してみると、確かに息子の部屋で証拠となるゴミ袋やビデオテープを確認しているのだが、実際の息子である信一が父親である稔の証拠集めに勤しんでいたのだとわかれば納得のいく構成であった。

殺した女性の中に稔を「おっさん」と呼ぶ者があったことなども同様、最後にその意図が回収される。
目撃証言などでは20代後半から30代くらいだと書かれていたが、樋口のいう通りに目撃証言とはそれほどまでに不確かなものだということを描いているのだろうか。
稔自身は大学院生であると謳っていたが、母親に対する憧憬の強いあまり、精神年齢がそこまで高くなかった可能性も考えられる。

雅子が息子の動向を疑い始めて以降は、息子がこうなってしまったことを父親のせいにして逃避するシーンがいくつかあったが、実際にはこのような異常な父親の性質を知っても息子の信一は、正しくその罪を突き止めようとしていたのである。
本編では信一の正常性や異常性について全く書かれていないので、結局父親の教育と言うものが息子にもたらしている結果を知ることはできない。だが、実の父親が殺した女性を犯している映像を見、さらにはその女性の肉体の一部を発見してもなお周囲には何も言わずに、自らの足で突き止めようとした信一の動向は、正しさとは少し逸脱しているという印象を受けた。

食卓で信一が家族に対してよそよそしい態度をとっていたことも、人殺しで異常性癖のある実の父親と同じ食卓を囲んでいる状況を想像すれば、無理もない反応である。
むしろ、よくその状態で生活を続けられることができたと感心すべきだ。


女性たちのコンプレックス

稔自身がエディプスコンプレックスであるのに対比して、登場してくる女性たちには皆、エレクトラコンプレックスである傾向が強く見られた。
それを説明付けるのが、樋口と敏子のストーリーである。
父親からの愛を満足に受けられず、婚約者も妹に取られてしまう敏子。
樋口に惹かれたのは、そんな自分が今まで手に入れられなかった愛情を樋口の中に見出したからだ。嫁を亡くして立ち直ることのできない樋口が、自分なくしては生活がままならなくなっている姿など、大いに敏子を満たしたであろうと思う。

対して妹のかおるは求めるものをなんでも手に入れられてしまうからか、本編でも樋口に甘えているシーンが多く見られる。
樋口に対して抱いてほしいと懇願するシーンも、結局姉のものが羨ましく見える悪癖を通したいわがままであるように見える。自分を甘やかしてくれる父親のような樋口に惹かれていた可能性は否めないが、かおるの場合はコンプレックスというより悪癖の傾向が強いと感じた。

稔を目撃したバーテンダーは老けた学生と表現していたが、実際の稔が43歳なのであれば、それに身を委ねてしまう若い女たちの中にも、父親からの愛情を求める動きがないとは言えないだろう。
叙述トリックに隠された女性たちのコンプレックスもまた、この物語の見どころである。



本編にはグロいシーンが多々見られるが、私は文章でのグロ耐性は結構あるので読んでいて面白かった。
削ぎ落とした胸の断面の描写や、袋の中から取り出す際の脂にまみれた質感、切り開いた下腹部の構造や内容などが、見たこともないのに想像できてしまう描写たちには感嘆した。
ミステリーには、人間の汚く歪に混線した部分が表れるからやっぱり面白くて好きだと実感した。

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