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「時間ベース」から「到達ベース」への転換 ―自由進度学習のススメ(3/5)

工業時代の学校で子どもたちは、学んでいる単元を理解したかどうかではなく、決めら れた時間が経ったかどうかで次の単元に進まされています。いわゆる「時間ベース」によ る管理です。それぞれの教科で年間の「標準時数」というものが定められ、単元において も標準的な時数が決められているからです。

その年の教科の内容を理解したかしていないかではなく、その年に決められた一定の時間、その学習が行われた空間にいたかどうかが重視されているのです。そのような状況では、今学んでいる内容が分からないまま次の単元に進まされたり、 とっくに理解しているにも関わらずクラスの他の子どもたちが追いつくまで待たされたり するような状況が生まれています。果たして「時間ベース」は子どもたちの発達にとって最適な方法なのでしょうか。

子どもたちの学びに対する主体性が確実に育ちつつある状況を確認し、次に私は算数科における授業改善に取り組み始めました。見通しをもって自分で計画し、主体的に学ぶスタイルを、家庭学習だけでなく日常の算数の学習にも応用することを試みたのです。家庭学習の「標準化」から「カスタム化」への転換の成功を見て、次に取り組んだのは、算数における「時間ベース」から「到達ベース」への転換でした。

従来のように1時間ごとに授業が完結するのではなく、単元全体で学習が完結するという考え方で授業改善を行いました。いわゆる単元内自由進度学習といわれるものです。単元の学習の最初に単元の学習計画表を配布し、単元の学習についての見通しをもち、自分で学習計画を立てながら学びを進めていくのです。そうすることで、学習に対する主体性がより強くなり、自分の学習に自らが責任をもつようになるのではないかと考えました。

教師が一時間ごとに課題を提示し、児童はそれに向かって同じペースで学びます。その 時間の内容が分からなくても、次の時間には次の時間の課題があるので立ち止まることは 基本的にできません。反対に、その時間の学習内容をすっかり理解していても勝手に次に 進むことはできません。延々と1話完結型の授業が続いていきます

それに対して自由進度学習では、毎時間のめあてや課題は事前に可視化しておき、児童はそれを基に自分のペースで学んでいきます。その時間の内容が分からなかったり苦手だったりする場合は、時間をかけて学ぶことができます。反対に、理解が進めばどんどん先に進むこともできます。友達と一 緒に学び合うことも、個人で集中して学ぶことも自己選択できるのです。私はそれぞれの時間の学習内容のポイント等を動画で作成し、いつでもアクセス可能な環境を整えておく ことで、自分が理解するまで何度でも学び直すことができるようにしました。

しかし、この自立した学びを進めていくと、教師による一斉指導がほとんど行われなくなり、大きな不安が頭をよぎり始めました。それは、「教師の働きかけや教師とのやりとりなしで、子供たちが課題に対して試行錯誤したり、自分の考えをまとめたりすることが できるのだろうか」というものでした。

算数科の学習指導要領では、

(前略)自立的に、時に協働的に行い、それぞれに主体的に取り組めるようにすること が大切である。このことにより、資質・能力が育成されるよう指導の改善を図ることが 重要である。
より具体的には、これらの問題解決の過程において、よりよい解法に洗練させていくことが必要であるが、そのための意見の交流や議論など対話的な学びを適宜取り入れていくことが必要であるが、その際には、あらかじめ自己の考えをもち、それを意識した上で、主体的に取り組むようにし、深い学びを実現することが求められる。

と書かれています。

つまり、私が抱えていた不安を言い換えると、「意見の交流や議論といった対話的な学びは教師主導で行われなければ実現できないのではないか」「あらかじめ自己の考えをも つことを実現するためには教師の指導が必要ではないか」というものでした。

私は、それらの不安を解消するために子供たちの学習の様子を長期間にわたって観察しました。そして、様々な働きかけや動画教材の改良を重ねていきました。
まず、「意見の交流や議論など対話的な学び」については、私が対話を促進しなくても 教室のいたるところで子供たちの必要に応じて自然発生していることに気が付きました。 子供たちは自分自身で試行錯誤をしても解決できないと判断すると、その課題について友達と対話を始めていたのです。しかもその対話は、自分が必要だと感じた時に、自分が意見を求めたい相手を選んで行われているので、教師がタイミングを決めて、相手を限定して行われる対話よりも質が高いものになっていることがほとんどでした。

次に、「あらかじめ自己の考えをもつ」ことについては、動画教材を改良することで解決ました。それまでの動画教材は、授業の始めの5~10分間で視聴するものとして作成し ていました。それは、授業の内容のインストラクションとして活用されてはいましたが、 その後の思考の深まりには個人差が生まれているという現状がありました。

そこで私は動画教材の中で、「この問題の解き方について動画を止めて、ノートに自分の考えをまとめてみましょう」という指示や、「動画を止めて、教科書にのっている2人の考え方を友達に説明してみましょう」という指示を入れることにしました。その動画を使って学ぶ子供たちの様子を観察してみると、一斉指導で全体に課題を与えていたときよりも的確に「あらかじめ自己の考えをもつこと」を実現できるようになっていたことが見て取れました。一斉指導のときと違って自分の考えをまとめる時間が限定されていないので、一つの問題に対して何十分も試行錯誤を繰り返したり、すぐに正解にたどり着いてどんどん次の課題に進んだりと、自分のペースで学習を進めることが実現したのです。その結果、予想していた以上に深い学びが実現することにつながりました。

動画の作成にはiPadを活用しました。教科書の全ページをスキャンし、apple pencilで書 き込みながらiPadの「画面収録機能」を活用して動画を作成しました。教科書1ページに つき5~10分の動画を全ページ分作る作業は非常に骨の折れるものでしたが、子どもたちの姿を想像し、できるだけ子どもたちのつまずきを想定しながら作成することを心掛けました。また、作成した動画は子どもたちがアクセス可能なサーバーに保存するととも に、youtubeでも限定公開でアップし、ネットがつながる環境ならどこでもアクセスできるようにしました。

余談ですが、この動画の作成は私の教育観を大きく転換させてくれるものとなりました。すなわちそれは工業時代の常識である「専門家によるサービス」から「セルフサービス」への転換への一歩でもあったのです。工業時代の学校では教師によって「伝達」され る学習がいまだに大半を占めています。今や、オープン教育リソースと言われるネット上の無償セルフサービスの学習ツールがより一般的になってきているのにもかかわらずです。

今後、子どもたちは今回のように担当の教師が作った動画以外にも自分に合ったネット上のサービスを学校で使いながら学ぶ時代になるでしょう。

こうして「時間ベース」から「到達ベース」への転換を進め、単元内自由進度の学びを繰り返していくと、子供たちの中から「次の単元に進みたい」「どんどん学習を進めたい」 「夏休み中も進めたい」等の前向きな発言が聞かれるようになってきます。これは「分かるまでとことん学ぶ、分かったらどんどん先に進む」という人間本来の学び方を子供たちが手にした証拠であると受け止めています。
単元テストについては、その結果が「90点では満足できない」「100点を取れるまで学び直したい」という子供たちの意見を受けて、算数においては2種類の単元テストを購入することにしました。(算数のテストだけ2倍の値段になってしまうことは保護者会で了承していただきました)1種類のテストで100点が取れなかった場合、理解できていなかった部分を学び直し、再度テストを受けることでより深い理解に到達することを目指すものです。2種類のテストを購入するというのは子どもから出されたアイデアです。

これにより、全員の算数の通知表がオールAになることもしばしば起こり始めます。いわゆる一般的な通知表の評価というものが「時間ベース」の考え方のもとでしか成り立たないものであることの証明だと考えています。一定の時間で切って、到達できた子をAと評価し、到達できなかった子をCと評価する思考は工業時代の思考そのものです。

学習のペースについては、「分かるまでじっくり学び続けると時数が足りなくなったり、学習内容が期限までに終了しなかったりするのではないか」という質問を受けること がありますが、実際には教科書に例示された期間よりも大幅に速いペースで学習が進みま した。3年生の時には12月~1月には算数の学習内容を全員が終了し、残りの期間は全単元の復習にあてることができました。

将来的には算数や国語等の教科学習の効率化が図られていき、余剰の時間をプロジェクト型の学習や子供たちの興味に基づく学習等に振り分けていくことができるようになっていくと考えています。

以上の取り組みはいささか先進的過ぎるように感じられるかもしれませんが、根底にある理念は、文部科学省が平成30年6月5日に発表した「Society 5.0に向 けた人材育成~社会が変わる、学びが変わる~」の考え方と深く一致するものです。

語彙の理解、文章の構造的な把握、読解力、計算力や数学的な思考力など基盤的学力の定着を重視した新学習指導要領の確実な習得を図る(全国学力・学習状 況調査、大学入学共通テスト、学びの基礎診断でもこれらの力を重視)。そのため、個別最適化された振り返り学習など指導方法の改善や効果的な指導を支える教材、ICT環境、EdTechの整備を加速し、学習支援を充実する。

また、経済産業省が同じく同年6月に発表した『「未来の教室」とEdTech研究会 第1次 提言』では個別最適化された学びについて以下のように提言されました。参考までに紹介 しておきたいと思います。

「教科学習」は個別最適化され、「もっと短時間で効率化された学び方」が可能になる ・EdTechの活用により、基礎学力の習得に費やす時間に対する理解度の向上幅が大きく なり(つまり「学びの生産 性」が上がり)、人によっては時間数が大きく削減される可能性がある。子どもが午前中に勉強を終わらせて、午後は全て探究に費やす環境を作る ことができたら理想的ではないか。
・学習者の学習ログを学習者が管理し、先生はその学習ログを見て、個別の学びを支え る。学習者が学びのポートフォリオを保有し「定期試験・入学試験・就職試験」のやり方も多様になっていく。
・また、学校での学習が、STEAM学習で協働し探究する時間と、個別に集中してタブレット等に向き合ってEdTechで教科学習をする時間に分かれるなら、学校の「教室」が 「学習室」となり、現在の一斉授業を前提としたデザインから大きく変わるはず。

その後、単元内自由進度は一年間を通して完全自由進度になり、算数科が中心だった自由進度学習を国語科にも応用することになりました。

国語科における自由進度学習は単元で身に付けるべき能力を書き出し、一枚のワークシートにして子どもに示すところから始めました。ここでは4年生の単元「ごんぎつね」で使用したワークシートを紹介します。

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単元の最初の時間に全ての流れを説明し、単元を通して取り組むべき目安の時間(この単元は14時間扱い)を示します。その後は単元を通してそれぞれのペースで学習が進んでいきます。「感想文」「ワークシート」「最後の作文」等に取り組むタイミングで説明が必要な児童には、個別で(もしくは少人数で)最適なタイミングで短時間の説明(インストラクション)をします。教師の役割は単元の間に児童の学習の様子を見取ったり、必要なフィードバックを与え続けたりすることです。

このように国語科においても全ての単元において単元内自由進度学習を展開することになりました。以下、別の単元のワークシートも参考までに紹介しておきます。

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これらのワークシートは児童が単元内自由進度学習を進める際になくてはならないもの になっています。 このワークシートを作る際には教科書や指導書を参考にしながら単元を通して取り組む 課題や身に付けてほしい力を明確にし、デザイン用のソフト「Adobe illustrator」を使用し てB4(もしくはA3)プリント1枚に収まるように工夫して作成しています。

つづく…

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