第1話 『少女の物語の開幕〜勇者の幼馴染は小説家になりたい〜』
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♢
「…本気なのね?」
「うん」
勇者旅立ちから1ヶ月後。
シッツォ村から、また一人旅立とうとしていた。
「ゼド君がいなくなっても…ほら、歳が近い男性は他にもいるでしょうに」
「…わたしは、ゼドがいなくなったからじゃあ他の人で、って思えないから」
「……そうはいっても、ねえ……?」
勇者の幼馴染と、勇者となったゼドは歳が1番近くて、いつも共に居た。
村の存命のサイクルに組み込まれ、大人になったら結婚して子供を産んで……そういうものだった。それがこの村での事実だった。
けれどゼドは勇者となった。
もう帰ってこないかもしれない。帰ってこれたとしてもその時にはもう子供を産めないかもしれない。
他にも歳が近い人はいるのだから、そっちにかえる。───そんなことは出来なかった。
「お母さん、じゃあね」
「シャーロット……」
「落ち着いたらまた顔見せに来るから」
勇者の幼馴染───シャーロットは、そう言って村を出ていった。
♢
「ふぅ……」
もう既に村が見えなくなり、見慣れた山もはるか後ろになり、道が整備されるようになってきた。
てくてく、とシャーロットは歩き続けている。
日が落ちて、今日は野営を……と立ち止まったシャーロットは、人の気配を感じて振り返った。
「こんなところに一人か?危ないぞ」
「こんにちは。でも大丈夫ですよ」
「この先は盗賊と魔物の目撃情報がある。……さすがに、俺らが何なのか分かるよな?」
下卑た笑みを浮かべた五人組の男にシャーロットは囲まれてしまった。
「盗賊ですね」
「…物分りがいいじゃねえか。金を全部置いていけ」
「お金なんてないですよ。わたしがいた村は、いまだに物々交換やってるんです」
「なら奴隷になってもらうぞ。抵抗したら殺すからな」
粗暴な言葉遣いの男に手を掴まれたシャーロットは、眉を顰める。
「離してください」
「おい…あまり抵抗するな………面倒だ」
「……わたし、人って、殺すべきじゃないなって思ってるんです。だから離してください」
「はぁ?何言ってんだ」
シャーロットは勇者の幼馴染である。
勇者となったゼドにいつも、シャーロットは助けられていた。しかしそれは、弱い者を守るという意味ではなくて───
「忠告はしました。………吹き飛べ」
───化け物じみているその力を使ってしまい、大惨事を引き起こした時に庇ってくれる、という意味である。
風を引き裂く音が響きわたり、シャーロットの腕を掴んでいた男性は吹き飛ぶ。
「お、おい……!よくもデイビッドを───!」
「ねえ」
仲間が吹き飛ばされたことへの呆然、恐怖、怒りを持った、吹き飛ばされた以外の4人はシャーロットの一言で動けなくなる。
「わたし、思うんです。…盗賊って、物語のスパイスになるんですよね。主人公の強さを引き立て役にも、盗賊とすら仲良くなってしまう人柄の良さも、ギャグ的存在として挟むのも、ヒロインを危険な目に合わせるのにも使えるんですよ。
だからこそ、わたしとしてはあまり殺したくないんです。ほら、作品によっては盗賊を問答無用で殺すのもありますが、わたしはそれが勿体ないと思うんですよ。だって改心するかもしれないのに、チョイ役として物語のギャグとなるかもしれないのに、その可能性を潰してしまうなんて」
「はぁ…?何言ってやがる…!?」
「ほら、座って。それで話して、わたしにアイデアをください。…あなたたちは何で盗賊になったの?聞かせて。言わなきゃあなたたちも投げます」
もう一つシャーロットについての補足である。
シャーロットは昔から本を読むことが好きで、いつか本を書きたいと願っている。村を飛び出してきた理由の一つでもある。
圧倒的強者の瞳に見られ、体が反射的にお座りをしてしまった盗賊四人。
とてつもなく面倒くさそうな、そして自分たちを簡単に殺せそうな少女を目の前にして、盗賊たちは顔を引き攣らせた。
♢
「俺らは……冒険者くずれの盗賊だ…」
「いや話すのかよ!」
「話さなきゃダメだろ!そう、このジメジメしたやつが言ったみたいに俺らはかつて冒険者だった」
「なあ……デイビットは……大丈夫なのか………」
「て、手加減はしました」
「あれで!?」
「……というか、嬢ちゃんメモに書き残してるけど俺らの言葉遣い似すぎて誰が誰だか分からんくなるな」
「ジメジメしてるティオと、一言も喋らないスヴェン以外の、俺とデイビッドとロビーは口調同じだからな」
「よし!メリルお前語尾に♡つけて話せ」
「何言ってんだ!?♡」
「メリルは……律儀だな……」
「それいいですね!小説に使わせてください」
「使うな♡」
「ノリノリじゃねえか」
語尾に♡を付け始めたのがメリル、♡を付けさせたのがロビー、ぶっ飛ばされ伸びているのがデイビッド、ジメジメのティオ、ここまで喋ってないスウェン。
なんて愉快な盗賊たちなのだろうか。
「話を元に戻すぞ!俺らは元々冒険者として真っ当に稼いでたんだが、めちゃくちゃ強い魔物が現れて俺らでも倒せる魔物がいなくなっちまった。それで稼げなくなって家賃が払えず追い出され、生き延びるために盗賊を始めた。まだ3人の商人からしかお金を奪ってねえ」
「そうだ……奴隷だなんだと言ってたのは……やったことないのにイキっていた………」
「まあな…♡まさかお嬢ちゃんがこんなに強いとはな♡デイビッドがうちでは1番強いんだけどな♡」
「きっしょ」
「お前がこうさせたんだろうが♡」
「めちゃくちゃ強い魔物ってどんなのですか?」
「ドラゴンだ……俺らはこの先の少し大きな街にいたが……そこから首都への道に……ドラゴンが発生したんだ……」
「スライムとかは軒並み逃げちまってな♡もう無一文になっちまったし、故郷も捨ててきたから、盗賊になるのに抵抗はなかったな♡」
「メモ上のメリルがやばいことになってきたぞ」
「俺もやばいなって思ってる…♡なんだか楽しくなってきちまった…♡」
「わざとだろその言い方」
「……シンプルに……キモイ」
「そんなこと言うなよぉ♡」
目の前の盗賊たちの愉快さがどんどん上がっていくのに比例して、メモの中の盗賊(主に語尾に♡をつけているメリル)もやばくなってきた。
「もっとこう……わっと驚くような面白いエピソードが欲しいです」
「欲張りだな♡」
「面白いエピソード…?強いて言うならあそこで伸びてるデイビッドはこの中で一番純粋なやつだ。赤ちゃんはコウノトリが運んでくると思ってる」
「奴隷だってめっちゃ働く人のイメージだからな♡」
「……反対にスウェンは……めっちゃモテる。何も喋らず……筆談もしないやつなんだが………」
「それが不思議なんだよな。街に住んでた時はいつも違う女の子と歩いててな」
「ロビーは正直言ってバカなやつだ♡俺の語尾に♡つけさせたのもそうだが、痺れ草の汁をつけたナイフを見せびらかしてペロッとしてバターン!とか♡」
「前は湖を……海と勘違いして……はしゃぎまくっていたな…。湖の先に……街が見えてるのに……」
「うるせぇ!!それ言ったらメリル今黒歴史更新中だぞ!!」
「メリルは……バレンタインの時にわざわざチョコを買い……可愛らしい手紙をつけ……バカにするためにロビーの家の前に………置いていたな………喜んでるのを写真にとって……げらげら見せてきた……」
「ちょっと待てあれお前だったのか!?」
「気づいてなかったのか♡!?手紙の最後に『嘘ですバァァァカ』って書いただろ♡」
「照れ隠しかと…!くそぉぉぉ、俺の生涯たった1個のチョコがぁぁ!!こんな語尾に♡つけてるヤツに!!」
「そういうのです!そういうエピソードをもっとください!それを小説に書く!」
シャーロットは身内でのバカエピソードに歓喜し、目を輝かせて手をぶんぶんと振り始めた。
「盗賊相手にこんなこと聞いてるお嬢ちゃんも大分ヤバい♡」
「ああ相当やばい」
「……せめて普通……逆な気がするが……」
「逆もないだろ♡」
わいわいがやがやと愉快な盗賊たちとシャーロットで盛り上がっていたところ、身動ぎの音が聞こえる。振り返って見ると倒れていたデイビッドが起き上がっていた。
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