人生の目的(到達点)を決めるのってどうなんだろう? 2022-03-09

さて、今日は。

朝は日課のお散歩へ。
たまたま立ち寄ったお寺にお参りをしたのですが、
ろうそく3本に火をつけ、その火で線香9本に火をつけてから、2礼2拍手1礼するという、なかなか変わったお参りの方法でした。

これどういうことなのか、詳しい方、教えてください(笑)。

で、今日やったことといえば、、、

・髪を切ったよ
・ラーメンを食べた
・娘とお留守番
・仕事を少々
・夜、セミナーに参加(オンライン)

で、夜に参加したセミナーでは、

「時間の使い方」と題し、人生の目的を設定して、逆算してやるべきことを計画し、「今やってることは、正しいか?」を問い、改善行動をしよう!

というようなことを大筋としてスピーカーの話が展開されてました。

これは先日も記事に書いた、保険の営業の方の紹介で参加したセミナーでした。

で、これを受けての疑問として、人生の目的、つまり「人生をかけて何を達成したいか?」を考えることはどうなんだろう、というものでした。

僕には人生の目的と呼べるものはなく、これまでも「考えた方が良い」と言われたり、そういうノウハウに接する機会が多かったのですが、どうも気が進まずここまで来ました。

「人生をかけてやりたいことってなかなかないな」というのもあるのですが、それ以上に「目的を決めると、達成できなかったらダメな人生になるの?」とか「路線変更しにくくなるな」とか、そんなひねくれたことを本気で思ってしまったりしています。

あとは、「決めた目的以上のことは起こらなくなるな」「人生何十年もあるのに幸せな瞬間は到達した時だけなの苦しくない?」とかも思います。

一方で、「どう生きるか?」みたいなことは常に問い続けたいと思っています。

「嘘をつかず素直に生きたい」
「自分と自分の周りのことを大切にしたい」
「人を裏切らない」
「選び、選ばれた関係を大切にしたい」

少なくとも今の僕にとっては、こっちの方がしっくり来ています。

OWNDAYS の田中さんが「幸せではなく豊かであることの方がいい」という話をしていたのが面白くて、

「幸せ」というのは状態ではなく「瞬間的な感情」「相対的なものに感じやすい」というのです。

当然、幸せを感じる瞬間があること自体は大切ですが、それを目的にするのは、むしろ苦しいことが増える気がします。

これが「豊か」となると「満ち足りた状態」になって、この満ち足りた基準というのは人それぞれなんですね。つまり、人と比べなくても至ることのできる良い状態が「豊か」なんだと思います。

そういう意味でも、「何を成し遂げたいか」以上に「どうありたいか」を重視する、というのがしっくりきています。

というので、セミナーへの参加というのは、それ自体が学びになり、明日から使えるものになるかどうか、は置いておいて、

それきっかけで考えを巡らすことができるのが楽しいなぁと思いました。

では、今日はこの辺で。

2022-03-09

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