見出し画像

それは氷山の一角か、ただの流氷か? 2022-02-16

さて、今日は。

日課の散歩はお休みしました。特に理由はなく、明日は多分また散歩します。

で、今日は前職(厳密には現職)の職場に、引っ越し作業の手伝いに行ってきました。
オフィスの引っ越しと家の引っ越しで、梱包レベルがかなりアップしております。

オフィスへの行き来は久々にバスを使ったのですが、その移動時間を利用して、Audible で本を聞いていました。
※本の朗読サービスです。

今日聞いてたのはこれです。

「ファシリテーション」の視点から、仕事で発生するあらゆるコミュニケーションのなかで出てくる「問いかけ」を見直しています。

本の内容はかなり面白いのですが、おそらく通常の読書より全体を理解するのは難しいのが聞く読書で、、、

聞く読書のメリットとしては、両目と両手が塞がっていても耳さえ開いていればいいので、時間を上手に使える点なのですが、

一定速度で流れるので、戻ったり進んだり、理解度によってスピードを変えるのが普通の読書に比べると難しいというのがあります。

朗読の速度は変えられるのですが、本を読む時って、内容によって早く進めたりゆっくり読んだりを無意識的にやるので、それには追いつきません。

まとめると、聞く読書は時間をうまく使えるけど、読むのに比べると全体をちゃんと理解するのには向いてないわけです。

で、そもそも本を読んで自分の中に残る部分って、ほんの一部分だったりすると思います。

「だったら、その大事なところだけ知れたら良いじゃん!」という声も聞こえてくるんですが、僕はそれでも全体に目を(耳を)通した方がいいなと思っています。

そのわけは、「その情報が、氷山の一角の貴重な情報か、ただの流氷か」がわからないからです。

情報全体を浴びた中で記憶や心に残っている部分というのが氷山の一角で、そこに価値があることはその前後の文脈から理解できていると思うのですが、

一部分だけ切り取ると「多分だいじなんだな!」程度の理解で、それが本当に大事かどうか分かりません。
大事っぽく書かれているだけで、もしかしたら大したことのない、ただの流氷の可能性だってあるわけです。

※「氷山の一角」は、目に見えているのはほんの一部分(特に悪いこと)しかない、というので使われますが、今回はちょっと違う例えで使っています。

しっかりと根付いたポイントなのかどうか、というのを判断するためにも、全体(本全体、もしくはせめて章全体)を読んで、文脈を掴んだほうがいいなと思いましたとさ。

というので、今日はこの辺で。

2022-02-16

★☆★☆★☆★

*「スキ」すると、あんざきがもっと頑張ります。
(アカウントなくても「スキ」できるよ)

*「フォロー」すると、あんざきの記事を漏れなく読みやすくなります。

★☆★☆★☆★

頂いたサポートは、他の人をサポートするか、本を買って note で紹介したいと思います(その他、note の記事になるようなことに使います)。