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たくさんの最後を積み重ねて

我が家には、現在8歳の娘と6歳の息子がいる。
今年3月、息子が3年通った幼稚園を卒園した。

幼稚園というものは、教育課程でありながら、義務教育ではなく、言わば通わなくてもいいもの。
それなのに、いや、それが故、とも言うべきか、本当に感慨深い3年間であった。
通わなくても問題はないからこそ、何に急かされることなくただその空間を使ってたくさん遊び、その時間でたくさんのことを吸収した。

「息子の卒園」というものを強く意識したのは、2年前、2歳上の娘が卒園し、息子が年中に進級した、その初日。
例年通りお迎えに行くと、2階にある年長さんの教室から、パタパタと新しい年長さんが列をなして出てくるところが1階から見えた。
「ああ、娘もつい数週間前まではあの中にいたのに、もういないんだな」
卒園から慌ただしく小学校に入学したことで薄れていた「娘の卒園の寂しい気持ち」がスッと蘇った。
次の瞬間に気づいた揺るぎない事実。
「2年後に息子が卒園したら、もうこの光景を見ることはないんだ」
当然ながら、一番年下の子供が卒園してしまえば、次年度は幼稚園に行くことはない。しかし、娘の入園から数えて4年目の幼稚園。もう通うのが当たり前に生活に組み込まれている中、「次の年度にもうそこにいないこと」が、とても不思議なことに思えた。

それから2年間、卒園までのたくさんの「最後」を慈しむように過ごしてきたように思う。
「思考のクセ」と言うべきか、頭や体に染み込んだ感覚ははなかなか抜けないもので、娘の時は、2年後に同じ行事を息子がやることになるので、例えば、どろんこになること前提の年中の芋掘りの時には「ああ、あれも用意しておけばよかった、息子の時には忘れないようにしよう」などと考えていたように、息子の段になっても「あ〜、忘れてた。あれ持ってくればよかった。じゃあ、次こそは‥」と、一瞬、「次」を考えてしまうのだ。
そして直後に「ああ、もう次はないんだ」と気づかされ、なんとも寂しい気持ちになる。
そこまでがセットで、その度に日々の幼稚園の生活を大切にしようと、また思った。

年長になると、いよいよその1年間は本当に全てが「最後」の積み重ねになる。
夏が終わって返される麦わら帽子。いつもは傷んだ部分を家庭で修理し、次の夏に持っていくのだが、「ああ、ここ穴があるな、直さなきゃ」などと思ってしまおうものなら、次の瞬間には「もう持って行かなくていいのだ」という現実に気付かされ、寂しさが一気に襲ってくる。
運動会や遠足といった行事はもちろん、もう袖を通さない夏の制服に、夏休みや冬休み前に持ち帰ってくる道具たち…。長期休みも幼稚園に置いておいてくれたらいいのに、などとそれまでは思っていたが、次の春休み前に持ち帰ってくる時は、もう持って行くことはないのだ。

娘の時にも、もちろんそれは感じていたが、息子の時には、次年度にはもうここには来ない、いないという近年の生活で最大の変化が訪れる。

息子ももちろん寂しさは感じているだろう。
夏休みに入った時に「もう幼稚園終わりなの? 本当の終わりじゃない?」としくしくと泣くこともあった。しかし、いざ卒園が本当に近づくと、「寂しくない、小学校同じ子にはまた会えるし、もう小学生だから」と感慨に耽っている私に堂々と言い放つようになった。
確かに、私も自分の過去の卒業は、もう取り戻せない時間に寂しく思うことはあったが、今のように後ろ髪引かれるような思いがあったかと言われれば、そうではなく、その後のことに目が向いていたかもしれない。
感慨に耽って、取り残されるのは母だけか。

もうすぐ4月。
あと少しで、新しい年長さんがパタパタとあの廊下を歩き、いつもと変わらない幼稚園が始まる。

2年前に見たあの光景を私はもう見ることはなく、そこに、私はいない。

子どもたちと違って「成長」という言葉はなんだかもう似合わないけれど、それが成長していくことであり、生きていくということなのかなと思う。
自分がいなくなった後も、誰かの「最後」がずっと、ずっと、この場所で積み重ねられていく。そうであるといいなと思うし、願わくば、その「最後」が誰かにとっても慈しみ深く幸せなものでありますように。
学年末にもらった手紙に記載された、自分にはもう関係のない4月の予定を眺めながら、そんなふうに思った。


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