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"SPEED THE PLOUGH"の事。

バンドという集合体は、多くは他人だから色んな個性があって、そのぶつかり合いからスリリングなサウンドが生まれたり、仲違いが起こってしまったり、いつかは解散もしくは消滅してしまうのが常ですね。ただただ、自分たちにとって心地良いと思うサウンドを気の知れた仲間と鳴らすという、それだけで成り立っているバンドって難しいけれど、バンドという集合体の理想なんだろうなあと思うのですね。そんな理想的な音楽創作活動をしながら、周辺のバンドも含めて色んな人々が関わるファミリーみたいな(というか本当の家族もいるんですが)集合体で、長らく気持ちの良いサウンドを鳴らし続ける奇跡的なバンドが存在するんです。その名前は、Speed the Ploughと言います。

[The Explorers Hold / The Trypes] (1984)

アメリカはニュージャージー州のヘイルドンという町は、同じ州のパターソンと隣接する、いい意味で郊外の小さな町です。いわゆるホーボーケンと呼ばれる地域に当たり、かの地出身バンドとして代表されるのがThe FeeliesとYo La Tengoでしょうか。そのThe Feeliesが、"Crazy Rhythms"をリリースした後に活動休止状態になった1984年、サイド・プロジェクトとして地元のローカル・グループのミュージシャンが集まって The Trypesが結成されました。The FeeliesからはBill MillionとGlenn Mercerが在籍し、1枚のシングルを残したのみで活動を終えています。このThe Trypesこそが、ファミリー結成の原点でした。このプロジェクトのメンバーであった Brenda Sauter, Dave Weckerman , Stanley Demeskiは第2期Feeliesに加入、それ以外のメンバーのJohn Baumgartnerと妻であるToni Baumgartner , Marc Franciaなどが中心になって1987年に結成したバンドがSpeed The Ploughでした。バンド名はスコットランドの古い民謡の曲名から取られています。

[Speed The Plough] (1988)

1988年にデビュー・アルバム"Speed The Plough"を、ホーボーケン・サウンドの発祥の地とされるライヴハウスMaxwell'sのオーナーが主宰するCoyote Recordsからリリースしています。家族や友人に関して歌われた曲ばかりのパーソナルな作品で、優しさと微睡みに包まれるかの様な心地良い雰囲気に包まれています。 ギター、ピアノ、アコーディオン、フルート、ピニカ、トランペット、ヴァイオリン、パーカッションといったトラディショナルな楽器によるシンプルで牧歌的でゆったりとしたサウンドと、優し気な女性ヴォーカルを中心としたハーモニーが魅力的な作品です。その練りに練られた凝ったアレンジは恐ろしく複雑でプログレッシヴなものですが、同時に人懐っこいアコースティック・ポップでもあるという奇跡的な作品です。The Trypesで一緒だった盟友、The FeeliesのBill Millionがプロデュースとギター、パーカッションを担当しています。

[Wonder Wheel] (1991)

1991年には2作目のアルバム”Wonder Wheel”を、ミネアポリスのレーベル East Side Digital(ESD)からリリースしています。前作に引き続き、The FeeliesのBill Millionがプロデュース、The FeeliesのメンバーとなったThe Trypes時代の盟友 Brenda SauterとStanley Demeskiが参加しています。前作からの牧歌的な雰囲気は残しながら、バンジョーやスティール・ギターといったトラディショナルな楽器を追加し、サイケデリックなギターやダイナミックなビート、哀愁味あふれる管楽器といった新機軸を大胆に盛り込み、性急な楽曲からスローな曲までフックの効いた幅広い曲構成、凛とした芯の強い女性ヴォーカルなど、深みを増したバンド・サウンドが格段の進化を遂げた作品です。サイケデリックでドリーミーな催眠サウンドは、The Feeliesのメンバーの貢献が大きく、Speed The Ploughのメンバーとのせめぎ合いが非常にスリリングです。Young Marble Giantsのデビュー曲"Final Day"というマニアックなカヴァー曲を収録しています。

[Mason's Box] (1993)

1993年には3枚目のアルバム”Mason's Box”を、前作同様 East Side Digitalからリリースしています。今作でも、トラディショナルな明るく暖かいアコースティック・サウンドは残しつつ、ダークでサイケデリックでちょっとハードなロック・サウンドとのせめぎ合いがスリリングです。ポップなメロディを重視して制作したと公言しており、流れるようなメロディを歌う男女ヴォーカルのハーモニーが印象的な作品です。一方、リスナーを遠ざけるような冷たさや静謐さも兼ね備えた、バンドにとっての新しい時代を予感させるサウンドを聴く事が出来る作品です。

[Marina] (1995)

1995年には4作目のアルバム”Marina”をリリースしています。バンド・サウンドが一気に進化、従来のトラディショナルなフォーク・ロックというイメージからの脱却を成し遂げた作品です。アコースティック・ギターとノイズ・ギターのスリリングでサイケデリックな絡み合いを中心に、コンガやタブラなどを導入したリズミカルなビート、マンドリンやフルートの印象的な哀愁味溢れるサウンド、鋭さを増したルーツ・ミュージックや牧歌的なテイスト、そして何より躍動感のあるヴォーカルによって歌われるメロディの充実が素晴らしい作品です。Erik SatieやFrancis Poulencの楽曲の旋律を使用した異色の曲も含まれています。しかし、本人達曰く「家族間の問題により」、バンドは活動休止に入ってしまいます。

[The Plough & The Stars] (2013)

長い活動休止期間を経た2009年、バンドは活動を再開します。JohnとToniの息子のMichael Baumgartnerがギタリストとして、Marc Franciaの息子のIan Franciaがドラマーで、Daniel Franciaがベーシストとして加入、名実共にファミリー・バンドとなります。翌2010年には15年ぶりとなるアルバム"Swerve"を自主リリース、2011年にはEd Seifertがメンバーに加わって、アルバム"Shine"をDromedary Recordsからリリースしています。この作品には、The FeeliesのBrenda Sauterがヴォーカルで参加しています。2013年にはDanialとIanが脱退し、かつてのメンバーだったStanleyの息子であるJohn Demeskiが加入するなど、コアなメンバー以外のラインアップは、近しいミュージシャンや友人や家族の助力を得て変化しながら活動しています。この頃にバンドの再評価が始まり、廃盤となっていた初期作品からの代表曲を17曲収録したCD、未発表曲やライヴ・テイクを収録したLP、16ページのブックレット、ライヴ音源をダウンロード可能なコード・カードを同梱したセット"The Plough & The Stars"をBar/None Recordsからリリースし、Pitchforkをはじめとした新しい音楽メディアに絶賛されました。

[Before & After Silence] (2021)

その後も、自主リリースでマイペースな活動ながら断続的に作品をリリースしています。まるでファミリーの様なバンド、Speed The Ploughの周りには、常に家族や友人のミュージシャンが多数寄り添って、気持ちの良い音楽を鳴らし続けました。コロナ禍でバンド活動を休止せざるを得なかった彼らが2021年にリリースしたアルバム”Before & After Silence”は、彼らを象徴する内容でした。バンド・メンバーが作曲して自身のパートを録音し、遠方や近くの友人のミュージシャン達との遠距離コラボレーションにより実現したものです。レバノンのバンドSafarのMayssa Jallad  , Rain ParadeのMatt Piucci、AntietamのTara Key、The CucumbersのJon FriedとDeena Shoshkes、そしてThe FeeliesのBrenda SauterとStanley Demeskiなどが参加、まだまだ広がる続けるSpeed The Ploughファリミー。その奥深いサウンドと同様に、非常に懐の深いバンドです。今回は、デビュー・アルバムに収録された、メンバーが大のお気に入りであるというこの曲を。

”Blue Bicycle" / Speed The Plough

#忘れられちゃったっぽい名曲


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