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"THE SUBURBS"の事。

アメリカはミネソタ州ミネアポリスは、アメリカ中西部最大のグローバル都市。ダコタ族の言葉で「水」を意味するmniとギリシア語で「都市」を意味するpolisとを組み合わせてミネアポリス。その名の通り、ミシシッピ川などの川や湖や滝が多くて自然豊か、産業としては小麦の生産が世界の中心と言われるほど盛んで、経済では連邦準備銀行が置かれて経済の中心地としても発展する大きな都市。文化面では、劇場がニューヨークに次いで多いことでも有名。この大都市のミュージシャンとして有名なのはPrince、私みたいな偏狭なインディー・ファンに近しいのがReplacements , Soul Asylum , Semisonic  , The JayhawksにMotion City Soundtrack , Big Thief、まだまだThe Legendary Jim Ruiz Groupとか、まあ色々と良質なバンドが出てきたお土地柄。その中でも、1970年代から現在に至るまで、地元に支えられ愛され続ける人気バンドがいます。その名はThe Suburbsと言います。

[The Suburbs] (1978)

ミネアポリス郊外の田舎出身、だからThe Suburbsは、1977年に結成されたバンドでした。メンバーは、キーボードとヴォーカルの Chan Poling、ギター、ヴォーカルの Bruce C. Allen、ギターのBlaine John "Beej" Chaney、ベースのMichael Halliday、ドラムスのHugo Klaersからなる5人組バンドでした。バンド結成後、地元の小さなクラブでのギグを繰り返しながらバンド活動を行い、1978年に9曲入りの7インチ"The Suburbs"でデビューを果たします。まあ、荒っぽくてチープな録音のローカル・パンク・バンドの典型的な初期盤ですが、ライヴ・パフォーマンスが一部のファンに人気だった彼らを地元がバックアップします。この作品は、彼らを世に出すために生まれたと言っていい地元ミネアポリスのレーベル Twin/Tone Recordsのファースト・リリースになります。このレーベルは、音楽実業家のPeter Jesperson, 音楽ライターのCharley Hallman , 音楽エンジニアのPaul Starkの3人によって立ち上げられ、後にThe ReplacementsやSoul Asylumなどを発掘する名門インディ・レーベルとなります。

[The Best Of America Underground] (1983)

「Trouser Press」と言えば、1970年代~1980年代に幅広くロックを扱い、中でもイギリスのパンク~ニュー・ウェイヴやアメリカのアンダーグラウンド・ミュージックを広めた功績で知られ、1984年に廃刊になったニューヨークの音楽雑誌。その「Trouser Press」が編纂した1983年のコンピレーション・カセット"The Best Of America Underground"に、The Residentsなどと一緒にフィーチャーされ、その楽曲を含むシングル"World War III"をリリースした後、熱心にギグを行った結果として、地元の小さなクラブからランク・アップして人気のクラブJay's Longhorn Barで演奏するチャンスを得、更に熱心にギグを繰り返し、会場が常に満員になる程の人気バンドになりました。"The River"リリース・ツアー中のBruce Springsteenは、彼らのステージを見て感銘を受け、飛び入りを志願したが止められたというエピソードがあるそうです。

[In Combo] (1980)

1980年、色んな話題を地元で振りまく中、彼らのデビュー・アルバム"In Combo"が Twin/Tone Recordsからリリースされました。この作品は、一本調子なパンクだったバンドのサウンドを格段にカラフルにしたもので、変幻自在にうねりをあげるギター、小気味よいカッティング・ギター、自由に跳ね回るピアノやキーボード、ドコドコしたドラム、時にエキセントリックに、時に切なく歌う低音ヴォーカル、そしてどこかシアトリカルでドラマティックな展開、ヒリヒリするような緊張感を持ったクールなサウンドなど、ライヴで培ったと思われる演奏力と表現力の向上により、ノイズ・ギターが支配するアメリカン・パンクから完全に脱却した、アメリカン・ポスト・パンクの先駆けと言える革新的な作品でした。プロデュースは、Twin/Tone Records創設者のひとり、音楽エンジニアのPaul Starkが手掛けています。

[Credit In Heaven] (1981)

1981年には、2作目のアルバムで、2枚組全17曲入りの大作”Credit In Heaven”をリリースします。前作のフリー・フォームなポスト・パンクが更に進化を遂げ、カラフルでありながらもフリーキーにうねるキーボードと殺伐としたカッティング・ギターの絡み、ソウルフルでクール、時にエキセントリックな低音ヴォーカル、フリー・フォームなサックス、ジャズやファンクの要素を取り入れたダンサブルなビートなど、先の読めない自由な展開のバンド・サウンドが確立した名作アルバムです。昨今のThe Strokesあたりと比較しても遜色の無い良曲が揃っています。アルバムからのシングル・カット"Music For Boys"はラジオ・ヒットになりました。この頃になると、ミネアポリスの音楽文化の重要拠点であり、全米に名を轟かせるほど有名で、Princeの映画『パープル・レイン』に登場したことでも知られる、ミネアポリス・サウンド誕生の地と称される権威あるクラブ First Avenue & 7th St Entryでライヴを行う様になり、連日満員御礼にさせています。

[Dream Hog] (1982)

1982年には12インチ・シングル"Waiting"をリリースしています。クールなヴォーカルは表現力を増し、多彩なエレクトリック・サウンドやファンキーなギター、シンプルな構成ながらダンサブルなビートなど、ファンクやソウルを取り入れたライトながら複雑さが新鮮なサウンドは、イギリスのニュー・ウェイヴの先を行ってしまったかもしれません。この曲は、クラブでヘヴィ・オン・エアされるなど、人気バンドとしての地位を確立します。同じ年のミニ・アルバム"Dream Hog"は、Lipps, Inc.のSteven Greenbergがプロデュースしたファンキーな作品で、”Waiting”のリミックス・ヴァージョンを収録しています。ライヴでもレコードでも、地元きっての人気バンドとなった彼らは、よりグローバルな活動がしたいと考えますが、これがバンドの運命を大きく変えてしまいます。

[Love is the Law] (1983)

1983年にメジャー・レーベルのPhonogramから契約のオファーがあります。彼らは、長く支えてくれたTwin/Tone Recordsに感謝の意を表明した後、Phonogram傘下のMercuryへ移籍します。Mercuryからの最初のリリースは、"Dream Hog"のリイシューでした。ミネアポリスを出て全米のライヴ・サーキットを行うと、たちまち評判になり、Iggy PopやB-52'sなどのオープニング・アクトに起用され、「田舎者」は都会派バンドとして生まれ変わります。同じ年に、メジャー・デビュー・アルバム”Love is the Law”をリリースしています。前作同様、Steven Greenbergがプロデュースしたこの作品は、彼らがルーツに挙げているソウルやファンクのテイストをふんだんに取り入れたカラフルなサウンドと、時に軽快で時にヘヴィなギター、ダンサブルでファンキーな面を強調したビート、サックスなどのホーンの使い方も印象的なポップなサウンドと、クールながら表現力を増した低音ヴォーカルの対比が堪らない作品となっています。いや、本当に現代に存在しても違和感のないサウンドです。しかし、レーベルが期待する程のセールスもエアプレイも得られず、非情にも1枚だけで契約を解除されています。

[The Suburbs] (1986)

早々とメジャー陥落となった彼らですが、1986年には、再びメジャーのA&M Recordsと契約しています。ミネアポリスが生んだ大スター、Princeのバック・バンド The RevolutionのメンバーであるBobby Z.がプロデュースしたアルバム”The Suburbs”をリリースしました。個々の楽器がゴージャスになった印象で、ギター・サウンドを前面に出したファンキーでヘヴィでダンサブルなロック・サウンドは、なるほど同時期のPrinceっぽさを感じさせますね。セルフ・タイトルを冠した勝負作でしたが、セールスはパッとせず、再び1枚で契約を切られてしまいます。コマーシャル・サクセスに失敗したバンドは、1987年に解散してしまいました。

[Viva! Suburbs! (Live At First Avenue)] (1994)

解散してしまったバンドを救ったのは、やはり地元ミネアポリスの人々でした。1992年には、彼らを世に送り出した Twin/Tone Recordsが、バンドの代表曲を集めたコンピレーション・アルバム"Ladies and Gentlemen, The Suburbs Have Left the Building"をリリースしています。これを機会に、バンドは再結成し、再びローカルなライヴ・バンドとして、ツイン・シティと呼ばれる双子都市であるミネアポリスとセント・ポールを中心にライヴ・サーキットを始めます。この成果は、1993年に地元の First Avenueで行ったライヴを収録したアルバム"Viva! Suburbs! (Live At First Avenue) "に結実し、1994年にTwin/Tone Recordsからリリースされています。ツアー・サポートとして再び B-52'sなどに抜擢され、ライヴ・バンドとして活動します。

[Chemistry Set: The Songs Of The Suburbs 1977 - 1987] (2002)

2000年に入ってからは、自身のレーベル Beejtarから初期の3枚のアルバム”In Combo” , "Credit in Heaven" , "Love is the Law"をCD化してリイシュー、2003年には代表曲を集めたコンピレーションに、ボーナス・トラック、ミネアポリスのFirst Avenueでの2002年のライヴの模様を収録したDVDが付いたアルバム”Chemistry Set: The Songs Of The Suburbs 1977 - 1987”をリリースしています。中心人物のChan Polingは、映画や演劇の音楽を手掛けたり、ジャズのカヴァー・バンド The New Standardを、SemisonicのJohn Munsonと、若手のSteve Roehmという共にミネアポリス出身のミュージシャンと結成、David Bowie , Neil Young , Replacements , Beck , Blurなどの楽曲をジャズアレンジでカヴァー、The Suburbsの曲も演奏しています。

[Poets Party] (2021)

その後は新しいアルバムの制作も行い、2013年に”Si Sauvage”、2017年に"Hey Muse!"と、意欲的な作品を自主リリースしています。この資金は、Kickstarterを介してのクラウド・ファンディングによるファンからの援助によるもので、彼らの地元での人気の高さを表しています。流石に年齢や体調の問題で引退したメンバーもいますが、オリジナル・メンバーの3人は、現在も元気に活動を行っています。数えきれないほどのライヴを満員にしてきた First Avenueは、ミネアポリスの文化に大きく貢献したバンドの偉業を讃えるために店の壁に描かれた星のペイントにThe Suburbsを加えました。これは、「アーティストがミネアポリスで受け取ることができる最も権威のある名誉である」と紹介されました。2021年には、ニュー・アルバム"Poets Party"のリリースを記念したライヴを、当時COVIDパンデミックのために閉鎖していた First Avenue & 7th St Entryで行ってチケットを完売させてクラブの復活に貢献、恩返しを果たしています。

良質な音楽を生む土地には、アーティストを育てる環境やレコード会社、そして多くのファンがいて、長らく支えていく。これがあるから、次々と良い作品が生まれ、ミュージシャンが育っていく。誰だって一度は世界を夢見て、夢破れる事もあるけれど、ミュージシャンを育ててくれた町はいつだって暖かく迎えてくれる。そんなミネアポリスという街に、一度は行ってみたいと思いますね。今回は、The Strokesの新曲と言っても信じる人はいるのでは?と思うほどに先進的な、彼らが1981年に残したこの名曲を。

”Tired of My Plans" / The Suburbs

#忘れられちゃったっぽい名曲


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