"SPIREA X"の事。
人間の運命ってのは皮肉なもんで、ちょっとしたボタンの掛け違いで大きく異なる人生を送ってしまう。ましてや音楽家なんて、良い作品を作っても売れない、生活できない、継続出来ない。でも、救世主が現れて、またとないチャンスがあって、有り余る才能もあったのに、それを自ら棒に振ってしまった男がいた。彼の名はJim Beattieと言います。そう、Primal Screamのオリジナル・メンバーだった男です。
Bobby Gilespieが、それまで住んでいたグラスゴー郊外のスプリングバーン再開発に押し出される格好になって、グラスゴー南東部のマウントフロリダに引っ越したことがそもそもの始まり。まだ幼少時代のBobbyは、地元きってのレコード狂だったAlan McGeeに出会い彼の影響を大きく受けて音楽に触れ、ギグに連れて行ってもらったり、後にBiff Bang Pow!やRevolving Paint DreamといったCreationの重要バンドや、Primal Screamに加入する事となるAndrew Innesに引き合わせてもらったりしたとか。1984年頃、バンド活動を本格化したBobbyは、近所に住むRobert YoungとJim Beattieと共にPrimal Screamを結成。まだ10代でした。BobbyとJimはテープループとギターでサウンドを作っていて、その頃にThe ByrdsやEcho & The Bunnymenの"Ocean Rain"に夢中になり、JImは12弦ギターを手に入れ、最初の曲"All Fall Down"を2人で作り出しています。BobbyがJesus & Marychainに接触したときも、Jimは一緒にはいたけど積極的ではなく、結局BobbyだけがJAMCに参加したみたい。JimとBobby共作によるCreationからの名作シングルを経て、後にAlan McGeeが「最大の失敗だった」と言い放った、WeaとCreationの共同レーベルElevationと契約しますが、レコーディングが上手くいかずに資金を使い果たして地元へ戻った失意の彼らに救いの主が現れます。WarnerのRob DickinsがThe Byrdsのファンだった事もあって、Jimの12弦ギターのサウンドを気に入っていたため、追加の資金を用意してくれただけでなく、Red CrayolaのMayo ThompsonやClive Langerを紹介され、彼らのプロデュースでレコーディングを行っています。特に"Imperial"を大変気に入っていた様で、そのサウンド志向は大傑作アルバム”Sonic Flower Groove”で結晶します。しかし、残念ながらセールスはパッとしなかった。Elevationは1987年の1年だけで幕を閉じました。自由にレコーディングする資金が欲しかったAlanと、ヒット曲が欲しかったWEAとの、どうしようもない亀裂でした。
Primal Screamのヒストリーみたいになっちゃってますが...Creationに戻って次の楽曲を制作するためにブライトンに引っ越す事になったとき、Jim Beattieは、ただ引っ越すのを嫌がったために、バンドを去る決心をします。ケンカ別れでもなく、小さいころから一緒だった仲間と別れるという、大きな選択を簡単にしてしまったJimは、その後の音楽人生を後悔しなかったのかな。自分の一番の得意技である12弦ギターを気に入ってくれていたElevationとCreationとのケンカ別れから、Creationが"Sonic Flower Groove"の路線を封印しようとしたのでは、と邪推したくなりますね。Jimの12弦ギターが必要なくなり、彼はバンドを去った...とは単なる想像ですが、ずっと曲を共作していた古い友人と別れるとは、そんな簡単なものでしょうか。実際にPrimal Screamの2作目は、1作目とは根本的に全く異なったものとなっていたのは周知の通りです。
そんなこんなでグラスゴーに残ったJim Beattieが、2年の沈黙の後に組んだ新バンドがSpirea X。1990年の事でした。Primal Screamのシングル"Crystal Crescent" に収録されていた1分程度のインストゥルメンタルをバンド名にそのまま冠したあたり、何やら遺恨がありそうな気がします。結成メンバーには後にTexasに加入するTony McGovernがいたみたいですがすぐに脱退、ファースト・レコーディングからのメンバーは、ギター/ヴォーカルでJim Beattie、ベースでJames O'Donnell、Primal Screamの初期シングルにドラマーとして参加していたThomas McGurkがギターで、ドラムでAndy Kerr、バック・ヴォーカルでJimのガールフレンドのJudith Boyleという面々でした。バンドはデモ・テープを4ADに送って、すぐに4ADとの契約をモノにしています。元Primal Screamという事もあってか、BBC Twoではデビュー前の彼らのインタビューやライヴ映像をオンエアするなど、話題には事欠かなかったみたいです。
1991年にデビュー・シングル"Chlorine Dream"を4ADからリリースします。これは、The Rolling StonesのBrian Jonesの人生にインスパイアされて作られた作品でした。表題曲方は、Primal Screamの1stとの共通項を探すのは容易な、キラキラした12弦ギターが心地よく響くゆったりとしたリズムと、伸びのやかなメロディと女性コーラスによる好ポップ・チューンでした。他の収録曲は、ダンサブルなビートや電子楽器の使用などのエレクトリックなアプローチが目立ち、同時代性を充分に感じさせました。同じ年にシングル”Speed Reaction”をリリースしています。12弦ギターの響きと絡み合うブライトでノイジーでジャングリーなギターをメインに、ダンサブルなビートやコーラスが印象的な小気味よいサウンドを聴かせる作品ですが、シューゲイザー、インディ・ダンスやマンチェスター系サウンドとの共通項が目立ってしまって、良質な作品にも関わらず、良くも悪くもソツなくまとまってしまった感じが否めませんでした。
同じ年の1991年に、アルチュール・ランボーの詩からタイトルを取ったというデビュー・アルバム"Fireblade Skies"をリリースします。このアルバムも2枚の先行シングルの路線を引き継ぐもので、12弦ギターが軽やかに響く軽快なギター・ポップから、ライトでダンサブルなビートと混沌としたギター・サウンド、流れるようなメロディやコーラスが魅力的な作品となっています。が、12弦ギターの響き以外は、あまりクセというか、取っ掛かりが無く、なんだかあっさりとしたクリアーな楽曲という印象で、何だか勿体ないなと思った記憶があります。それでもメディアからの評価は非常に良くて、"Snonic Flower Groove"を上回る作品と言われましたが...。ここで、ミュージシャンの悪い癖というか、確かに才能溢れる人物だし自信が無ければアーティスト稼業を続けるのはキツいのかも知れませんが、あまりにもビッグマウス過ぎて「自分は神だと思っている。いや、ジーザスだ」とか「デビッド・アイク(元サッカー選手で、思想家、陰謀論者)は私の親友だ」といった発言や、他のバンドを揶揄する発言が悪目立ちし、それが災いしたのかも知れません。バンドのメンバーが相次いで脱退し、最終的にはJimとJudithだけになってしまいます。1992年に4ADとの契約を解消して、そのまま解散しました。その後の若干のインターバルの後、1994年にはJim BeattieとJudith Boyleによる新しいバンド、Adventure in Stereoを結成して活動していく事となります。
Primal Screamというバンドの運命の振幅に付いていけなかったのか、大好きな12弦ギターを否定されて自分を見失ってしまったのか、単に自分の性格の問題か、非常に割を食ってしまったアーティストではありましたが、彼が残したギターの響きや楽曲は、あの時代に確かに輝いていたのは疑いようがありません。今回は、意外性は無かったけど、それが何だか安心して嬉しかった、12弦ギターが鳴り響くデビュー・シングルの表題曲を。
"Chlorine Dream" / Spirea X
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