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"BROADCAST"の事。

人間である以上、いつかは命を落とすのだけど、それが突然だと悲しんでるヒマさえ無く、現実に引き戻される。関係の遠い人だったり、そもそも知り合いでも無ければ近況すら伝わってこない。私たち音楽リスナーにとって、アーティストとの関係はそんな感じだけど、好きなアーティストとの突然の別れは、余りにも大きなダメージになる。お互いに知り合いでも何でもないんだけど、耳を通じての接触はダイレクトに心に響くのだろうか。あの優しげな声がもう聴けないと思うと、あまりにも悲しくてたまらなくなる。このBroadcastのTrishとの別れなんて、正にそうだった。

[The Book Lovers] (1996)

英国イングランドはバーミンガム出身のバンドBroadcastは、ヴォーカルとキーボード、ギターを操る才女で、元々はフォーク系のデュオで活動したTrish Keenanと、ベーシストのJames Cargillの男女ふたりで始まったユニット。それ以外のメンバーは、サウンドの傾向によって随時入れ替わっています。1995年に結成された当初はPan Am Flight Bagを名乗り、何回かのギグを重ねた後、Broadcastに改名しています。最初のリリースは、1996年にWurlitzer Jukeboxからリリースされたシングル "Accidentals"でした。Wurlitzer Jukeboxは、7インチを主にアルバムも出してた趣味全開の、今は無きレーベル。Broadcastをはじめ、Stereolab、Amp、Flowchart、Mogwaiなど充実のラインナップを送り出したが、50枚の作品を残して閉鎖しています。この"Accidentals"は、ジョゼフ・ロージーの映画「できごと(Accident)」からのサンプリングを使用したエレクトリックでダウナーでノイズでアヴァンギャルドなチューンで度肝を抜かれました。映画が重要なキーワードという事を公言していたBroadcastは、この後、何度もマニアック過ぎるネタ使いで楽しませてくれました。同年に本格的なデビュー・シングル"The Book Lovers”をリリース。こちらはStereolab主宰のレーベルDuophonicのサブ・レーベルDuophonic Super 45sから、続くシングル”Living Room / Phantom”も同じレーベルからのリリースでした。この関係性から考えるに、BroadcastはStereolabのフォロワーと言っても本人達の気分を損なう事はなさそうかな。この2枚のシングルはUKチャートにこそ入らなかったものの、リリース後にJohn PeelのRadio1に招かれてピール・セッションでレコーディングを行いましたが、現状、この音源はリリースされていません。

[Work and Non Work] (1997)

この後、UKではテクノ系の再大手となっていたレーベルWarpと契約しています。エレクトリックな志向を持った彼らですが、テクノという感じでは無かったので違和感はありましたが、バンドのサウンドに影響は無かった様で、このWarpとの良好な関係は長らく続きました。1997年には初期EPやシングルの音源を集めたコンピレーション・アルバム"Work and Non Work"をリリースしています。手に入りづらかった初期の作品をまとめて聴くことが出来るこの作品は、トータル・コンセプトで作られたアルバムでは無く、ラウンジ、ノイズ、エレクトリック、アヴァンギャルドなど多方面に取っ散らかった内容のはずなんですが、バンドの魅力を余すことなく、違和感なく伝えてくれます。全体的に漂う架空のサウンドトラックの様な映像的な雰囲気と、Trish Keenanの優し気なヴォイスに依るものと言っていいかと思います。この作品は、UKチャートに初めてランク・インしています。

[The Noise Made by People] (2000)

少しのブランクの後、1999年にシングル"Echo's Answer"と、2000年にシングル"Drums On Fire”をリリースした後、同年にデビュー・アルバム”The Noise Made by People”をリリースしています。全編エレクトリック・ノイズと奇妙な電子ノイズが鳴り響く、ダウナーで実験的で、あまりにもコマ―シャルで無いこの作品は、一部の支持を受けましたが、UKチャートは下位にランクした程度で大きな成功とはなりませんでした。革新的なBroadcastらしいサウンドとは言えますが、レーベル・カラーに合わせた訳では無いでしょうが、電子度が強すぎたかも知れません。しかしながら、同じ頃にリリースされた2枚のミニ・アルバム"Extended Play"と"Extended Play Two"は、バンドのアザー・サイドと言えるもので、実験的な電子音響が鳴り響いていますが、生演奏を含むアナログなサウンドや、粗いヴォーカルとコーラス・ワーク、アップ・テンポで軽快なビートなど、ヴォーカル・トラックもありますがインストゥルメンタル中心のスリリングで映像感覚に溢れた作品で、バンドとしてのBroadcastの可能性を感じさせる重要な作品となりました。この2枚は、UKの低価格アルバムチャート、UK Budget Album Cahrtの1位と2位にランクされました。"Extended Play Two"は、Tommy BoyからUSでもリリースされています。

[Extended Play] (2000)

2003年には、引き続きWarpから2作目のアルバム”Haha Sound”をリリースしています。今作は、再びバンドとしてレコーディングされた作品ですが、スタジオでのバンド編成でのレコーディングはあまり行わずに、ドラムスを教会で録音したり、ギターやその他の楽器を多重録音によるオーヴァー・ダブで重ね、電子ノイズで塗り固めるなど、非常に実験的ながら、脱エレクトロニックが為された様なザラっとしたサウンドは、非常にエキサイティングなものでした。風変りに響くヴォーカル・トラックは、段ボール箱の中で歌うなどした実験の成果です。ノイジーなバンド然としたサウンドやメロディアスなヴォーカルに、新たなBroadcastの息吹を感じられる作品となっています。今作もアメリカで発売され、UKよりも好リアクションとなりました。この後、バンドはアメリカをツアーする中で、バンド・メンバーを加えながら、進化を繰り返していきました。

[Haha Sound] (2003)

2005年には、3作目となるアルバム”Tender Buttons”がWarpからリリースされています。このアルバムは、Trish KeenanとJames Cargillのデュオだけで制作された初めてのアルバムで、ソングライティング、プロデュース、楽器の演奏も自身で行っています。パーソナルな作品となりそうなもんですが、非常にサウンドの振幅が広く、スロー・テンポな曲が多い中に、目まぐるしい程に多様なサウンドの実験を閉じ込めた、ひどく気難しくて難解で、同時にポピュラリティもしっかりと感じさせるという、奇跡的な電子アヴァンギャルド・ポップの傑作となっています。

[Tender Buttons] (2005)

2009年には、イギリスの実験音楽作家でありグラフィック・デザイナーであるJulian HouseのプロジェクトThe Focus Groupとのコラボレーション・アルバム"Broadcast and the Focus Group Investigate Witch Cults of the Radio Age"をリリースしています。実験音楽だからと言って構える必要は無く、お互いにリスペクトし合って共作しているのが感じられる作品となっています
。意外性のあるヴォイスの使い方やノイズや楽器音のリフレイン、多分にミニマム音楽の影響を感じさせる反復するサウンド、自然音や生活音のノイズ使用が独特でありながら非常にクリアーでナチュラルという、過去のBroadcastの作品と比較しても、最もアコースティックな作品かもしれません。そりゃ相当に捩じれてはいるけれど、何だか心地良い作品となっています。これは凄い傑作アルバムでした。

[Broadcast and The Focus Group Investigate Witch Cults of the Radio Age] (2009)

独自の道でサウンドを切り開いてきたバンドに、悲劇が起こったのは2011年の事でした。Trish Keenanが、以前に罹ったH1N1感染症が原因の肺炎の合併症により、亡くなってしまいます。まだ42歳の若さでした。たったひとり残されたJames Cargillは、彼女が生前に残した数多くのテープや4トラックでの録音素材があり、彼女の弔いのためにも、Broadcastとしてのアルバムを作りたいと語っていましたが、実現には至っていません。Jamesは、前作で共作したThe Focus GroupのJulian Houseと、過去にBroadcastの作品に参加したRoj Stevensの助力を得て、新ユニットChildren of Aliceを組んで2017年にアルバムをリリースしています。「不思議の国のアリス」から取られたこのユニット名は、Trish Keenanに対するオマージュとなっています。

Trish Keenanは、当初はステージ恐怖症だったと語っていましたが、Broadcastのメイン・ヴォーカルとして活動する中で、それを克服していって、ライヴ活動も行っていた。まだ42歳、これからという時に病魔によって逝去してしまいました。あの優しいヴォイスがもう聴けないと思うと、本当に悲しい気持ちになります。いつか、彼女が残した音源を使用して、Broadcastとしての新作を聴くことが出来る日が来るのでしょうか。
今回は、イントロからしてノックアウトされる、Broadcastが始まりを告げたと言えるこの名曲を。

"The Book lovers" / Broacast

#忘れられちゃったっぽい名曲


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