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ジグソーパズルのひとつのピース(夢の学び21)

前回、意識進化の高層ビルにおいて、ひとつの階をジグソーパズルにたとえるなら、パズルの土台になるのが深層構造、パズルのひとつひとつを選び取る主体が表層構造だと説明しました。
今回は、ひとつのピースに注目してみましょう。
このジグソーパズルの、いわば素材となるひとつひとつのピースとは、深層構造(パズルの土台)が規定する範囲内で、表層構造が選び取った「情動、記憶、行動とその結果、思考」といったものを指します。つまり、単に客観的な体験そのものではなく、体験した内容に対するその人の受け取り方、感じ方、それによって引き起こされる行動とその結果、あるいはその時点で思い出された過去の記憶、その記憶がその時点で惹起するもの、といった心的現象の全体であるということです。
たとえば、読書体験もひとつのピースになり得ます。ある本を20歳のときに読んだ体験と、50歳のときに読み直した体験は、同じ本の読書でも、違うピースになり得ます。人間の通常の意識進化を考えるなら、20歳のときより、50歳のときの読み取りの方が、その深さと広がりにおいて段違いのはずです。これは、個人の意識進化度を測るバロメーターにもなり得るわけです。
同じように、過去の苦い体験について、20歳のときに思い出すのと、50歳のときに思い出すのでは、また違うピースになり得るわけです。それが、過去生の記憶だったとしても同じでしょう。
夢の意味の読み解きに関しても同じことが言えます。
子供の頃にみた夢の意味を20歳のときに読み解くのと50歳のときに読み解くのでは、その理解の深さ・広さは当然異なるはずです。つまり、同じ夢に対する読み解き作業でも、ピースとしては異なるわけです。

さて、前回、ひとつのジグソーパズルに必要なピースをすべて埋める(これを「変換」と呼びました)までは、ひとつ上の階への引っ越し(これを「変容」と呼びました)は起きないと述べました。ところが、すべての階のすべての変換作業が順調に完了するとは限らないのです。いわばピースの埋め違い、あるいは埋め忘れ、といった現象も起こってくるのです。これをケン・ウィルバーは「誤-変換」と呼んでいます。代表的な「誤-変換」には、抑圧や防衛機制といったものがあります。これについては、また回を改めて説明したいと思っています。
「誤-変換」されたパズルのピースがある状態のまま、上の階に引っ越してしまうと、その部分が原因で病理や症状として表れる場合さえあります。
たとえば、幼児期トラウマ体験などが抑圧されたまま大人になると、それが原因で何らかの心理的障害を引き起こすことはよくあることです。
逆に言えば、このように意識が階層構造になっていてくれるおかげで、自己防衛力が脆弱な幼児期にはとても耐えられないようなトラウマ体験をしても、階層の各階ごとに、その段階に見合う適切な方法で治療を行なえば、時間はかかるものの着実に治癒に向かう可能性はあるわけです。
いずれにしても、その「誤-変換」が起きた階層まで降りて行って、「誤-変換」を起こしたピースに直接働きかける必要があるわけです。幼児期トラウマ体験の治療に退行催眠療法(ヒプノセラピー)などが有効なのは、そうした理由によるでしょう。

実はもっとやっかいなことがあります。
これもある種の「誤-変換」ととらえることができるかもしれませんが、高層ビルのかなり上の階の深層構造(パズルの土台)に埋まるべきピースが、欠損が起きている下の方の階の深層構造を埋めようとするような動きが起きる場合もある、ということです。
精神障害者、特に統合失調症の患者などに起きやすい幻覚(幻視・幻聴など)の原因は、これだろうと私は考えています。
ウィルバーは「アートマン・プロジェクト」の中で、典型的な精神分裂症患者が超越的な神秘体験などを語る場合があるというエピソードを引き合いに出し、人は下位レベルの意識に無防備になると、同時に入り込んでくる上位レベルに対しても無防備状態にさらされる、という点を指摘しています。

「自己は下位レベルの意識に退行しはじめると同時に、上位領域の諸側面の流入にさらされるのだ。別な言い方をすれば、下意識に入り込むと、超意識が入り込んでくるのである。つまり低次レベルに退行すると、高次レベルの侵入を受けるのだ。」

高層ビルの下の方の階でピースの「誤-変換」のような意識発達上の問題が起きていることは、いわば正常な自己の発達が阻害されている、あるいはそこで(部分的にではあれ)発達がストップしてしまっていることを意味します。つまり意識の退行現象を引き起こすわけです。いい年の大人が、理由もなく幼稚な振る舞いを見せたり、エゴイスティックに振る舞ったり、ひどい場合は自他の区別がうまくつかなかったり(自分にまったく関係ない他人のことで必要以上に感情的になったり)、といったことが起こってくるのです。
このとき、高層ビルのかなり上の階(特に「超・自我」段階)の深層構造に埋まるべきピースの流入現象が起きる場合があるというのです。
具体的には、神や悪魔や超越者といった「超・人間」的な存在が襲ってきたり、自分に何らかの影響を与えようとするような体験として現象化する場合がある、ということです。
もしこれが順調な意識進化の結果、「超・自我」段階に至っている人に起きるなら、さらなる自己成長につながるような貴重な「神秘体験」と認識されるかもしれません。
しかし、高層ビルの下位に退行している状態でこれが起きると、発達しきれていない自己にとっては、受け入れがたい薄気味の悪い体験として認識されるか、あるいは自分だけに特別に起きる体験として有頂天になったり、といったことが起きてきます。
つまり、そうした「超・自我」的体験を、理性で受け止められるのか、それとも自己にゆさぶりをかけられ、その体験に絡めとられてしまうのか、の違いと言ったらいいでしょうか。

さて、高層ビルの下位階層にこのようなピースの「誤-変換」がある場合、その治療(問題解決)の基本は、問題が発生している階層にまで意識的に退行して、必要なピースを埋め直す作業です。いわば成長のやり直し、生き直しをするわけです。
ただし、ここでも留意する必要があるのは、こうした下位階層で「誤-変換」したピースを、上位階層のピースで埋めることはできない、ということです。
ある一冊の本の読み取りに関し、20歳の人に「50歳レベルの読み取りをしろ」と言ってもできないのと同じです。
もっと悪いことは、「その本を読むことは(たとえ現時点での読み取りレベルでかまわないとしても)、あなたには必要ないことだから、さっさとその本の存在は忘れてしまいなさい」とすることです。それは「欠損している(あるいは埋め間違えている)ピースのことは忘れろ」と言っているのに等しいのです。残念ながらこのような対応は、こうした発達のメカニズムについて知らない医者やカウンセラーやセラピストに実際に見られるようです。

ここでも夢が問題解決に役立つでしょう。なぜなら、前回も述べた通り、夢はあらゆる深層構造、表層構造について知っているわけですから、適切な深層構造に適切なピースが埋まっていない、という状況についても、夢主に伝える機能を備えていることになるからです。特に優先的に埋め直す必要のあるピースがあるなら、悪夢として表れてもおかしくありません。それを無視し続ければ、くり返し同じ悪夢をみたり、内容がエスカレートするような場合もあります。それだけその人にとっての緊急度が高い、ということなのです。

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