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シリーズ「新型コロナ」その12:新型コロナはインフルエンザに毛が生えたもの?

■新型コロナとインフルエンザはまったく別物

厚生労働省のホームページで、「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」というレポートを見ることができる。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html#seifutaisaku

これは3月28日から4月16日にかけて、都合4回変更されたようだが、その最新版を見て、私はひとつ大きな違和感を抱く部分があった。

「(新型コロナウイルス感染症は)肺炎の発生頻度が、季節性インフルエンザにかかった場合に比して相当程度高く、国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがある」
「新型コロナウイルス感染症は新型インフルエンザとはウイルスも病態も異なる感染症であることから、政府としては、地方公共団体、医療関係者、専門家、事業者を含む国民の意見をくみ取りつつ、協力して直ちに対策を進めていくこととする。」
「新型コロナウイルス感染症の入院期間の中央値は 11 日間と、季節性インフルエンザの3日間よりも、長くなることが報告されている。」
「重症度としては、季節性インフルエンザと比べて死亡リスクが高いことが報告されている。中国における報告(令和2年2月28日公表)では、確定患者での致死率は2.3%、中等度以上の肺炎の割合は18.5%であることが報告されている。季節性インフルエンザに関しては、致死率は0.00016%-0.001%程度、肺炎の割合は 1.1%-4.0%、累積推計患者数に対する超過死亡者数の比は約0.1%であることが報告されている。このように新型コロナウイルス感染症における致死率及び肺炎の割合は、季節性インフルエンザに比べて、相当程度高いと考えられる。」

新型コロナウィルスとはどのような特徴を持っていて、それにどう対処すべきかを検討するのに、何かにつけてインフルエンザウイルスとの比較を行っている。なぜこれほどまでにインフルエンザとの比較が重要なのだろう。
ここに登場する統計的な数値を見ても、新型コロナウィルスとインフルエンザウイルスとでは、どだい比べものにならないことは明らかだ。
比較対象をもってくるなら、同じコロナウイルスの仲間であるSARSやMERSの方がふさわしいのではないか?
しかし、このレポート全体を通して見ても、インフルエンザ以外との比較を行っている様子はない。
どうやらこれは、現行の特措法が新型インフルエンザを前提として施行された事情によるらしい。
現に、このレポートの冒頭には、次のような記述がある。

「新型インフルエンザ等対策特別措置法附則第1条の2第1項及び第2項の規定により読み替えて適用する(同)法第 14 条に基づき、新型コロナウイルス感染症のまん延のおそれが高いことが、厚生労働大臣から内閣総理大臣に報告され、同日に、(同)法第 15 条第1項に基づく政府対策本部が設置された。」

安倍政権が、最初の非常事態宣言を、全国を対象にして出さずに、7都府県だけに絞って出したあたりに、インフルエンザを想定して作られた特措法の建てつけに引きずられてしまっている様子を感じ取っているのは、私だけではなさそうだ。
確かに、インフルエンザは一般に潜伏期間が短く、一挙に流行するが、収束するのも早いという特徴を持つだろう。だから局所的な対処ですむのかもしれない。それより何より、インフルエンザにはワクチンや治療薬が揃っている、という闘いやすさがある。
どう考えても、新型コロナウィルスとの闘い方を考えるうえで、インフルエンザを参考にはできない。

■ニューヨークの医師たちでさえ新型コロナをインフルエンザ扱い?

現在ニューヨーク市内の病院に勤務している日本人医師が、自らも感染し、地獄を経験した立場から、日本の実情を憂いて、切々と経験談を語っているが、その中に、こんな記述がある。

「3月1日にニューヨーク市(州)最初の患者が出現し、3月5日あたりから、私の研究室でも真剣にコロナ対策を意識する意見が出始めました。しかし、感染予防を強く意識する人と、一方でコロナなんてBad Flu(インフルエンザに毛が生えたもの)だから気にすることないという人たちで意見が分かれていた時期です。」
日経メディカル
https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/report/t344/202004/565170.html

ニューヨークの医師たちの間でさえ、感染拡大の初期の段階では、この程度の認識だったのか、と愕然とする思いだ。
日本でも、この時期には、同等の認識をする人が多かったのかもしれない。

様々な統計上の数字を比較して、新型コロナがどれだけインフルエンザよりも深刻なのかを言おうとしても、国民は大して危機感を持たない結果になってしまったのではないか。新型コロナをインフルエンザとの比較で語ることは、判断を誤る原因にならないだろうか。

台湾は、2003年にSARS(重症急性呼吸器症候群)の危機を経験した結果、必要な法整備がすでにできていたことも、早期収束の大きなポイントだったようだ。
逆に日本は、SARSを経験せずにすんだが、その経験値のなさが、今回の新型コロナに跳ね返ってきてしまったようだ。
いくら実際の経験がなかったとしても、海外での感染爆発事例は、少なくとも専門家にとっては調査・研究の対象にしなければならないはずだから、国内に事例がないことは言い訳にはならない。

■新型コロナとSARS・MERSとの比較

ここで、感染症の特性を示す「潜伏期間」「致死率」「基本再生産数」という3つの主要マーカーにおいて、新型コロナウィルス感染症とSARS、MERS(中東呼吸器症候群)とを比較してみよう。
※新型コロナウィルス感染症に関する数値は、2月17日の時点で判明しているもの。

●潜伏期間
〇新型コロナ:2~14日
〇SARS:4~7日
〇MERS:2~14日

●致死率
〇新型コロナ:中国本土内で2.5%、それ以外の国や地域で0.4%
〇SARS:9.6%
〇MERS:35%

●基本再生産数(一人の感染者が何人に感染させるか)
〇新型コロナ:1.4~2.4
〇SARS:0.8~3
〇MERS:0.60~0.69

この数値が示すものをまとめると・・・
SARSは、致死率と基本再生産数が比較的高いことから、たちどころに蔓延し、重症化もしやすいが、潜伏期間が短いため、感染ピークが早めにきて、その後は終息に向かいやすい傾向があるだろう。
MERSは、圧倒的な致死率だが、感染力が弱いため(主に濃厚接触感染)、局所的な感染拡大ですむかもしれないが、潜伏期間が長い分、経過を慎重に観察する必要があるだろう。下手をすると長期戦になってしまう。
今回の新型コロナは、致死率こそいちばん低いが、感染力が強いため、一挙に蔓延し、しかも潜伏期間が長いため、長期戦にならないよう、慎重な経過観察が必要だ。
新型コロナは、すでに変異が起きているのではないかとの見立てもあるため、もしMERSなみの毒性を獲得しようものなら、最強のウィルスにもなりかねない。
ましてや、いちど陰性になった感染者が再び陽性に転じる例が多数報告され始めていることから、新型コロナの経過観察期間は二週間ではすまないことになる。MERS以上の慎重さで、長期戦にも今から備える必要がありそうだ。
SARSもMERSも発生から終息まで7~8カ月ほどだったようだが、新型コロナはそううまくいくだろうか。

■日本が知っていながらやらなかったこと

諸外国の例を見ると、早期終息の決め手は、何といっても初動の迅速さ、適切さだろう。
日本はどうだったか?

「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」の座長を務めている脇田隆字氏は、国の所轄機関である国立感染症研究所の現所長である。
その国立感染症研究所のサイトを見ると、SARSに関する報告を読むことができる。
その中に、今回の新型コロナにも通じる重要な示唆があることがわかる。
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/414-sars-intro.html

〇中国では初期に305人の患者(死亡例5人)が発生し、2003年3月の始めには旅行者を介してベトナムのハノイ市での院内感染や、香港での院内感染を引き起こした。
〇SARS-CoV流行の中心は院内感染であった
〇1,707人(21%)の医療従事者の感染が示すように、医療施設、介護施設などヒト−ヒトの接触が密な場合に、集団発生の可能性が高いことが確認されている。
〇集団発生においては「スーパー・スプレッディング事例」と呼ばれる、ひとりの有症状の患者が多数への感染伝播に関与した事例が注目されているが、そのメカニズムは解明されていない。

国も専門家も、これらの要点について、充分承知していたことになる。ここまで事前にわかっていながら、このSARSの知見をなぜ新型コロナに活かせなかったのか。
たとえば、初期の段階で旅行者が海外への飛び火の媒介になっていることは明らかなのだから、なぜ日本政府は中国からの渡航を早期にシャットアウトしなかったのか?
ちなみに、韓国におけるMERSの蔓延は、たった一人の中東からの帰国感染者がもたらしたという。
そして、今まさに大きな問題となっている院内感染の深刻さも、SARSが予言していたではないか。
また、SARSでは、有症状の患者が多数への感染伝播に関与したにもかかわらず、そのメカニズムは解明されていないという。ましてや新型コロナは、無症状の感染者が多数潜伏している疑いがあるのだから、重症者への対応とともに、無症状者・軽症者にも早期対応すべきだった。

海外からの感染経路の遮断、無症状者・軽症者への対策、国内感染拡大を見越した医療体制整備(院内感染予防対策も含めた)の重要さを知っていながら、なぜ日本は早々に着手できなかったのだろう。返す返すも悔やまれる。


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