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ドリームワークで味わう3つの感情(夢の学び23)

師匠と出会い、「夢学」に本格的に取り組む覚悟を決めたきっかけとなったのは、師匠もある意味覚悟を決めて開催した「ドリームトレーナー養成講座」へ参加させていただいたことです。半年間みっちりドリームワーキングを学ぶその講座を、私は「夢・虎の穴」と呼んでいます。なぜなら、まさにそれは自分の内面(無意識)を怜悧に見詰め続ける精神修養の場だったからです。文字通り、自分の内面が丸裸にされるのです。
それは恐ろしいことでしょうか? ある意味そうかもしれません。
それは恥ずかしいことでしょうか? そういう感情も起きるでしょう。
それは清々しいものでしょうか? 多分にそういう側面もあります。
たとえば、あなたがある種の恐怖を呼び起こされるような「悪夢」をみたとします。それは実際に起こったことではないにしろ、直接的な内的恐怖体験ではあるでしょう。
そして、その悪夢を題材にしてドリームワークをやることは、自分の無意識の中にある「恥部」をさらけ出すことかもしれません。そういう恥ずかしさは当然あるわけです。
しかし、もし自分も含め、師匠も含め、その「夢・虎の穴」の場にいるすべての人が、夢を取るに足らない絵空事や面白おかしい「茶飲み話」のネタではなく、真剣な精神修養の対象であると捉えているなら、その深く、高潔で、真剣な営みを「恥」と捉える人間がいるはずもありません。
そして、そういう雰囲気の中で、自分の夢の意味を読み解き、夢から自分へのメッセージを受け取ることは、それまでの自分自身の思考の限界を超え、一段階レベルアップする手応えを得られるような営みであるなら、そこには長い眠りから目覚めたときのような一種の清々しささえあるのです。そう、まさに人は夢によって覚醒するのです。何という皮肉でしょうか。夢の意味を知ったとき、目覚めていると思い込んでいたあなたは、現実の中で眠りこけていたことに気づくのです。
もちろん、ドリームワークにどんな感情が伴うかを誰よりもよく知っている師匠が、ワークショップを進めるときの「タッチ」(手触り)は、優しくソフトで思いやりに満ちていました。

そのような経験の積み重ねである「夢・虎の穴」も、卒業の時を迎え、師匠から「認定証」を拝受する段になったときのことです。この「認定証」は、師匠から「あなたは、人様の夢を扱ってよろしい」という許可を与えられることを意味します。
そのとき師匠に厳しい一言を言われたのです。
「夢には計り知れないパワーがある。生半可な覚悟でつき合うと大怪我をする。自分がどういう立場で夢とつき合っていくのか、スタンスをはっきり決めなさい」
そのときの私には、正直まだ「ドリームトレーナー」あるいは「ドリームワーカー」として、お金をいただいて人様の夢を扱う覚悟ができていなかったのだろうと思います。「私は、夢を創作活動に利用する、という立場を取りたいと思います」といった答えを返したと記憶しています。今思えば、それは私にとって「逃げ」でした。「私はまだ曖昧な、判断保留の状態です」という意味だったのです。
その後、確かに私は自分の夢をもっぱら自分の創作活動に使ってきました。しかし、それ以来私は夢学に関して(完全に、とは言わないまでも)成長が止まってしまったのだろうと思います。
そんなある時、そうした夢とのつき合い方に限界が訪れたのです。当然と言えば当然です。その理由はひとつではありません。様々な理由の複合体が私に押し寄せてきたのです。それは、「アイデンティティの危機」とも呼べるものでした。もちろん、その間私の人生に様々な展開があり、その展開の分だけ人間としても成長してきたはずです。だからこそ、夢とのつき合い方をバージョンアップさせる必要性に迫られたのでもあったでしょう。
私は自分に、今までの夢とのつき合い方からの卒業試験を課しました。自分なりの「夢学」の全体像を、誰もが納得するような形でしっかり表現しておく、ということです。それは表現者としての自分への試練でもありました。文字通り私は「自分大学夢学科」の卒論を手掛けたのです。それが「インテグラル夢学」であり、去年一年間を代表する自分の業績となりました。そして、その流れで、今年から本格的に「ドリームワーク」を始動したのです。実に20年以上のモラトリアム期間を要してしまいました。
すると不思議なことに、夢学以外のことも同時に動き始めたのです。前から薄々感じてはいましたが、少なくともアイデンティティに関する全てのことは連動している、という実感を得るに至りました。そして、おそらく個人的アイデンティティ以外のことも・・・。

というわけで、ドリームワークへの参加者には、私も体験したように、恐ろしさ、恥ずかしさ、清々しさのすべてを味わっていただきたいと思っています。もちろん、師匠にならって、私も優しくソフトで思いやりに満ちた「手触り」を心がけて・・・。

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