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想像力だけが超えられる壁(夢の学び17)

「マスタードリームワーカー」の認定記念第一弾の「夢の学び」に何を書こうかと考え、この機会に改めて夢に対する世間一般の「誤解」を解いておきたい、と感じました。

あなたは夢に対してどんなイメージや認識を持っているでしょう。
「取るに足らない絵空事」「寝ている間の単なる脳内生理現象」「脈絡のない曖昧模糊としたイメージの寄せ集め」「現実に起こることの予行演習」
これは素人によくある認識かと思うと、意外に「専門家」を自任する人の間にもあるのです。
これらはどれも、夢をある一本のモノサシで測ったことによる誤解(というよりも認識不足)にすぎません。
皮肉なことに、こうした認識不足は、夢を純粋に科学的な追究の対象にしようとする専門家であればあるほど起きやすいようです。
これは、実に「罪作り」な傾向です。「私は夢の専門家です」と言いながら、実は夢学ではなく、単に睡眠学の専門家にすぎない(これは、残念ながらよくあることです)、という人のもとに、「連日の悪夢に悩まされて、眠れないんです」という患者(クライアント)が現れたら、「それはお気の毒です。よく眠れるよう睡眠導入剤を処方しておきましょう」となるでしょう。この危険性については何度も言っているので、もうこれ以上は言いません。

まず第一に、夢は人間の日常的な認識域をはるかに「超えて」います。これは、夢が睡眠学の範疇には収まらない、という意味も含みます。はっきり言うと、昼の王国は夜の王国の支配下にあるのです。これはたとえ話でも何でもなく現実です。(この言葉の真意については、私の「インテグラル夢学」をお読みください)

https://note.com/anthonyk/m/m292cc1f2b3e8
https://note.com/anthonyk/m/ma605569f7fc3
https://note.com/anthonyk/m/m6b91eb0c1ad7

もうひとつ、夢は日常性を「含んで超えている」からこそ、当たり前のように論理的でもある、ということです。ただ、その論理性のあり方が、日常的な意味での論理性のあり方とはまったく異なる、ということです。どのように論理的かは、またの機会に。

夢はもちろん想像力の働きに属するでしょう。人間の想像力は論理性の対極にあると、あなたは考えているでしょうか。たとえば、夢は論理的ではないゆえに想像力の産物だと?
では、あなたには、こんな経験がないでしょうか。
あなたは、本来自分が論理的な人間であると自覚しています。しかし、論理性ではどうにも超えられない壁や問題にぶち当たり、結局最後にその壁を超えられたのは、想像力の働きだった、という経験です。
今回は、夢とは直接関係ありませんが、想像力を用いてでなければ超えられなかった壁についてのエピソードをひとつご紹介しておきましょう。

しっかりした教育を受けたある夫婦に男の子が生まれました。この夫婦は徹底した実用主義者で、子どもが抱くあらゆる疑問に、通り一遍の適当な作り話で答えるべきではないと考え、子どものために有益で知的な環境を整えるよう努めました。
たとえば、「人はどうして生まれるの」という質問に、彼らはコウノトリの話ではなく、写真や図版を用いて、生殖と誕生の仕組みをあますところなく事細かに説明したのです。
サンタクロースや妖精や守護天使などが登場するようなお伽噺はいっさいせず、子どもに読んできかせる文学作品を、細心の注意を払って選んだといいます。
その結果、息子は5歳になると、皆が目を白黒させるほどはっきりと物を言うようになり、分別と思慮深さを示したといいます。
ところが、7歳頃になると、息子は成長が止まったようになりました。夜を極度に恐れるようになり、やせこけ、ひ弱になり、学校生活もままならなくなったのです。最終的には幼児性精神分裂症と診断されるに至り、一年ほど効果のない治療を受けた後、9歳のときに、幼児教育の専門家フランシス・ウィックスのもとに連れて来られました。
事情を知ったウィックスは、両親に次のような処方箋を書きました。
「一日何時間も、この子に、空想、おとぎ話、途方もない作り話だけを読んであげなさい。ものをしゃべる動物、雲のお城、小人、魔術的・神秘的な出来事や奇蹟、サンタクロースや天使、妖精や魔法使いたちを全部登場させなさい。彼の心を現実にないもので満たし、一緒に花に語りかけ、木や風とおしゃべりをし、彼の生活をとことん想像上の生き物で活気づけてやりなさい」
すると、数カ月のうちに、子どもはよくなって学校に通うようになり、遅れを取り戻し、健康的で明るくなったそうです。
※ジョセフ・チルトン・ピアス著「マジカル・チャイルド育児法」(日本教文社)より。

この子が夜を極度に恐れるようになった、というのは象徴的です。一年ほど効果のない治療を受けた、というのも象徴的です。昼の国と夜の国が分裂し、昼の国にしか籍を置けていなかったこの子には、二つの国の統合が必要だったのです。この本質論を知らない治療者は無力です。
ただ、ひとつお断りしておきますが、夢、想像力、ファンタジーといったことについて、子どもと大人では、同じ言葉で語るわけにはいかない、ということです。


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