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オムニバス「グリーフ、バイ」

恒例の? 某SF創作大賞に盲目的延命蔓延る日本では受けないと思われたのか落とされた作品^_^;
「バイ」には色々な意味がありますね。。。

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1.「グリーフ用デジタルツイン」

 CGやVRを利用しAIや音声合成を駆使した「デジタルツイン」が生まれたのは2020年頃だろうか。それからン年、デジタルツインも当然ながら飛躍的に進歩していた。ついにはロボット、アンドロイドと融合し、「ほぼ本人みたいなもの」まで出現していた。となると、下手すると「どちらがホンモノか分からない!?」と少々不都合も起き始めた。まあ、色々な不都合である。ということで当然ながら追いかけ法整備もされた。どんな法整備かは取り敢えず置いておく。

 そんな時代、超高齢化もマックス頂点、多死社会もマックス。ついでに、膨れ上がった老人さらには盲目的延命で寝たきり老人も爆増、寝たきりで何もかも世話されて下手すると管で生かされていても百歳超える、そんな時代。もちろんタダで延命などできない。老人医療費、年金、介護費も爆増。ということで消費税は今や20%。労働力減少で物価は上昇。そのしわ寄せは当然、若者現役労働者に二人羽織状態でのしかかっていた。それもそのはず、そんなになっても、「なんとなく与党」民衆の意識というのは改革などほとんど無理、占領でもされなければ。ということで超長期与党政権の結果、シニアポピュリズム政治は蔓延、何の改革も無く増えた老人医療費年金介護費はどんどん消費税に丸投げ。生活苦で若者の自殺率はうなぎのぼり、婚姻率と出生率は激減。何しろ食えないのだ。稼ぐと税金にもっていかれる。ほそぼそと暮らすしかないのだ。結婚なんて、いや恋愛すら贅沢なのだ。完全にディストピアである。

 さらに深刻な事態。老人医療費を確保するため、現役世代の医療費はどんどんカット。検診大国とはいつの話か、職域検診などとうに軒並み廃止。現役世代の医療費は5割負担。「納税する喜びを噛みしめろとあの大経営者は言いました、医療費を収められる幸せを感じましょう」とテレビで俳優女優がほほ笑む。気がついた時には手遅れ、早死にする現役世代が増加、平均寿命はこの10年ほど短縮し続けている。正確には、現役世代の平均余命は短縮、高齢者の平均寿命はとうに90歳を超えていた。生命だけは平等だと誰かが言ったが、生命格差社会、完全にディストピア、老人が若者のまさに生き血をすするがごとくである。ドラキュラも真っ青か。

 そんなわけで、若いのに生き別れる人が増えた。「贅沢な」結婚したのに、ということすら多々。そこでにわかに注目されたのが、かつてホスピスケアで言われたグリーフケアすなわち「死別後の悲嘆のケア」。その手段として注目されたのが、デジタルツインそしてアンドロイドにインストールされたアンドロイド・ツインである。

 今や葬儀社に葬儀を依頼すると、「グリーフプラン」が用意されているのだ。すなわち、愛する人の死を受けとめられるまで、アンドロイド・ツインが寄り添ってくれるのだ。この時代の技術では、ほぼほぼ本人そのままに再現できる。そして少しずつ、遺された人のグリーフ、「悲嘆過程」の進捗に応じて、少しずつ距離を取っていき「卒業」に導くのだ。すわち、子離れのようなプロセスである。その悲嘆過程の分析にも当然AIが大活躍である。

 そんなわけで、ケイ子のところにもその日、アンドロイド・ツインがやってきた。この「やってくる」のにも選択肢がある。宅配か「本人(?)が訪問」か。細かなシチュエーションの演出も可能である。例えば、ひょっこり死んだはずの本人が帰ってきて「あなた死んだはずでは」「いや、それは君の夢だったんだよ」的な、、、とかとか。

 ケイ子の場合は、「夕方仕事から帰ってくる」演出で依頼した。ので、18時過ぎ、夏の夕暮れ、「彼は帰ってきた」。まるで、いつものように。そう、あるゆるデータや遺族からの聞き取りから、制限の行動言動をかなりの精度で再現できるのだ。シンギュラリティとはこういうこと、のためにこそ、あるのだ。AIが人間を超えるのではなく、援けるのだ。そのためのAIなのだ。
「あなた、お帰りなさい」いつものようにケイ子は出迎えた。
「風呂は湧いているかい?」いつものように彼は言った。そして風呂に入った。少し今までより短い時間で出てきたが。そう、アンドロイドだから、風呂でゆっくりする必要など無いし、汚れてもシャワーであっという間にきれいになるのだ。しかしコロナとか持ち込んでは困るので、適切な洗浄時間は設定されていた。
「飯はあるかい?」「できてるわよ」
 食事もできる、というか、するのだ。そうでないとリアルにならない。食べたものは内部のタンクで水と水素と窒素とわずかな他の成分の残渣に分解され、水は「小便」としてトイレで排出される。残渣はミネラルや食品中の微量元素だから、後で回収されるのだ。資源は大事であり循環させるのだ。なんでもSDGsなのだ。
 そして二人は、AIにより再現された、ちょっぴりぎこちなさもあるが、生前のような会話をした。何しろ声は本人の声を見事に合成再現しているのだ。声だけ聴いたら分からない。
「じゃあ、寝る」アンドロイドだから寝たふりで、寝ているように見えてもその日の会話や遺族の反応をAIが解析し、より「本人らしい」行動言動を再現するために、分析するのだ。

 そして、そんな日々が何週間か過ぎた。
 悲嘆過程とはかつてホスピスケアで言われた心理学的概念である。すなわち、人は愛するものを失った時、何段階かの感情モードの変化を経て、死別の悲しみを克服するという概念である。いくつかの理論が提唱されているが、簡単にはまずショックと事実の否認。つぎに悲しみ、混乱や抑うつ。そして数カ月程度でほぼ通常の心理状態、正確には「その人を失った現実に適応」する、とされている。
 元々気の強いケイ子は回復も早かった。その様子をアンドロイド越しにクラウドのAIと心理カウンセラーと精神科医は分析、「出張」ということで少しずつアンドロイド・ツインは「帰らない日が増えた」。距離を取り、「彼が居ない生活」に慣れさせるわけである。

 ここからが問題である。いつかは完全に別れる必要がある。遺された人の回復のためであるが、これはビジネスでもあるから、次の顧客にアンドロイド・ツインを回すことも考えなければならないのだ。この「別れ」については、シチュエーションを選択することも可能ではあるが、サービス初期の経験から、AIの分析結果と生前の本人の行動パターンから「効果的な演出」をすることがより望ましいとされていた。たとえば、浮気性なら浮気して出て行く。長期単身赴任。ときには「もう一度死ぬ」遺される人が「納得できる死に方」で。

 ケイ子の場合は、理性的にはもちろん彼の死を理解していたので、ただ、今までツンデレベタベタだったので、いきなり彼が消えることに耐えられなかった。だから、少しずつ離れていきたかったのだ。なので、「彼」から「別れ話」を切り出してもらうことを自ら選択した。実際、痴話げんかは毎度だったのだ。分かれなかったのは、彼がオトナだったからだ。そして、その日が来た。

「なあ、ケイ子」「なによ」「俺たちさ、、、やっぱ別れよう」「えええ゛。なんでよ」ケイ子は酒を煽り、彼も酒を口から注入し、二人は夜更けまで押し問答した。いつもの痴話げんかのように。そして、ケイ子は酔ってうとうとしてしまった。そんなケイ子を、アンドロイド・ツインは静かに見守っていた。

 明け方。クラウドAIと6G通信リンクしていたアンドロイドは、リンクを切断し、起動した。できるだけ静かに。そして、かつての彼がしたように、酔いつぶれたケイ子を見つめて、ふとつぶやいた。「ごめんな。さよなら」
 そして彼は玄関のドアを開け、鍵をドアポストに入れると、出て行った。そして、もう二度と、戻らなかった。

 朝、ケイ子が起きると、置手紙があった。「もう一緒に居られなくて、ごめんな。さようなら。出逢えてよかった。幸せでいてください」
 ケイ子はまだ残る夢の記憶を思い出した。最後の彼のつぶやきを。朝日が、まぶしい光を投げていた。


2.「メタバースで総会を」

 メタバース元年。何事もサービス業はリードする。月面でハンバーガーを食べる「体験」そして病院受診すなわちメタバースでのオンライン診療は当然のこと、学校の授業など当たり前、そして企業活動もメタバースで当たり前に行われるようになった。そのためのメタバース、疑似世界である。

 そこでちょっとした騒動が起き始めた。いわゆるデジタルツインはCGとAIにVRやARを組み合わせて実現する。与えるデータが多いほどより「本人らしく」なる。ということは、著作や録音録画データの多い経営者ほど、より本人らしくなる。そしてデジタルデータがネットワークに存在する以上、ハッキングもされる。経営者と言わずビジネスパーソンのデジタルツインが流出し「分身」したり、はては本人に無断で「勝手に合成」されて活動する事件が起こり始めた。
 当然法規制も後追いするが、草々追い付くものではない。何しろ、悪人は悪いことを考えて実行するから悪人なのだ。そのために法の網をかいくぐるのだ。

 そんなある日。エヌ社の社長が突然死した。離婚して独身、まだ40代。孤独死である。孤独死は老人だけのものではない、むしろ中年世代にも多い。忙しさにかまけて身体的異常を放置あるいは気づかず、、、老人が病院通いを仕事にするのと違い、現役世代は病院に行くヒマすらなく働く人も多いのだ。そして、社長は死んだ。

 困ったのは会社である。正確にはそれを知った幹部である。社長に連絡が取れないので自宅を訪れたが、もちろん鍵がかかっているので、不動産屋に鍵を開けてもらい踏み込んだら、であった。幸いなのは、居ないと困る人だったので発見が2日後だったことだ。そうでなければ腐乱死体さらに溶けていたかもしれない。ついでに、会社でのビシっと決めた凛々しい姿からは想像できないほど、マンションは荒れ果てていた。一部屋は完全にゴミ屋敷、ガラクタやらゴミ袋で一杯だった。台所にはカップラーメンの容器や、多少高級な弁当の空箱がゴミ袋にいくつも詰まっていた。それを見て思わず訪れた幹部は涙した。
「嗚呼、社長、ろくな飯も喰ってなかったなんて。。。」

 しかし泣いている余裕など無かった。何しろ一週間後には株主総会があるのだ。しかし何しろなんとかミクスにコロナに異次元金融政策で超円安、それらのあおりを全部もろに喰らって、決算書には「継続企業の前提に関する注記」が記載されていたのだ。ここはカリスマ社長の雄弁熱弁ハッタリトークをもって、株主を納得させなければならない。いや、これまでもそうして会社存続を果たしてきたのだから、今回もそうでなければならないのだ。でないと、社員一同が路頭に迷う。そんなことはできないのだ。

 なのに社長が居ないのだ。どうする、ビクター犬? すぐさま幹部会が招集された。
「そうだ、デジタルツインを使って、メタバースで総会開催しよう!」アルファ氏が言った。「どういうことだ?」ブラボー氏が怪訝そうに尋ねた。「社長は出たがりで俺は売名するのだと公言して、著作もブログも動画も多数あるだろう。デジタルツイン生成は簡単なはずだ。メタバースならネットのVR上だから、アバターで参加する。本物と見分けなどつかないし、いざとなれば我々が影武者になればいい」「そんなことできるのかね」「できますよ!私の友人が、メタバース関連のベンチャーをやっています!」ガンマ氏が手を挙げた。

 経営危機に総会で社長が死にました、などと発表したら、取り立て騒ぎになるに決まっている。絶対ついて無理な相談だ。ということで、全員一致で「メタバース株主総会」計画は会社始まって以来の迅速さで実行に移された。ちなみに手元資金がほぼほぼ枯渇していたので、依頼先にはストックオプションを発行した。何しろあちらもベンチャーだから実績が欲しいし、何しろカリスマで通った社長だったのだ。実態は紙切れ同然だが、株価は吊り上がっている。売り抜ければイイだけの話なのだ。

 そして、総会当日。何しろ本邦初の「メタバース株主総会」である。といっても少々問題というか裏事情があるので、メディアはこれまで好意的だった数社に絞った。これを世間ではスクープというのだ。互いに利する、それがビジネスの王道である。いや、会社、メディアさらに視聴者読者もネタにして喜ぶし株価が吊り上がれば儲ける者も出てくるから、これを三方良しというのだ。

 メタバース上に設定されたバーチャル会場には、立派なる会場ホールが準備され、社長を中心に幹部たちが壇上に並んでいた。アバターであるが。そこに株主が入場する。これもアバターで。そして、総会は始まった。
 シャンシャンいやガーっと盛り上がって総会は無事に終了した。今までもそうだったのだから当然だ。「ピンチこそチャンスなのです! レッドオーシャンはだれもが苦しい、だから皆が諦め失敗するそこを根性で生き残った者が勝者なのです! そのためにこそわが社にさらなるご投資を!!」社長いやデジタルツインは熱弁を振るった。まさに社長が乗り移ったかのようだった。
 何しろ著作動画テキストは膨大、そしてITいやメタバース・ベンチャー企業たる依頼先の仕事ぶりは見事だった。大体ベンチャーとは他に無い技術やノウハウをコアコンピタンスに持つからこそベンチャーなのだ。だから株価が何倍にも何十倍にも吊り上がるのだ。そのためにこそベンチャー従業員は24時間戦うのだ。ブラックとかそんなの関係ねぇ!世界がベンチャーなのだ。週休2日9時5時なんかで勝ち残れるはずなどないのだ。

 危ぶまれた株主総会は無事終わった。株主のアバターたちからは次々に激励のコメントが寄せられた。もっと出資したいという株主も数名名乗りを上げた。そうとも、赤字だろうが金が回れば会社は生きられるのだ、発展し成長できるのだ。金は天下の回りもの、悪いことは良くないが、なんでもいいから金をゲットすれば、会社は存続し社員は安寧を得られるのだ。いや、儲けるためには金を出して回させる、それが株主利益、株主価値になるのだ。それでこそベンチャー経営なのだ。

 本当の問題はそれからだった。総会終了後、幹部の打ち上げ会は、そのまま幹部会になった。
「今回は切り抜けたけど、、、これからずっとは無理だよなあ」「そりゃそうだ。面会したいとか言われたらどうする」「うーん。。。」
 毎日のように幹部会いや幹部が顔を合わせればその話ばかり。ひそひそ。そして社内にも「最近社長みかけないね」という声が。
 そして、面会者が現れた。

「特捜部のものですが、社長にご面会したいのですが」
「は?なんの御用でしょう」
「実はとあるところから、先日の株主総会に不審な点があると情報が入りまして」
「何か法的にまずいことでも?」
「いや、、、別にメタバースで総会してはいけないとか、アバターではダメだとか、そういう法規制はないのですが、、、ただ実は、おたくの社長が実は亡くなられているのではないかという情報がありまして」
 幹部は青ざめた。
「ど、どうぞ」
 そして面談は1時間ほどで終わった。何しろ「死者のデジタルツインのアバターが株主総会に出てはいけないという法律は現状無い」し、決算書に「継続企業の前提に関する注記」があろうが、記載事項は全て事実通りなので問題は無い。総会は全会一致で無事議決終了。だから今後の参考のためと言われては、洗いざらい話さないわけにはいかない。何しろ万一裁判にでもなって法廷で嘘ついたら偽証罪なのだ。息を吐くようになんと国会答弁で百回以上嘘をついた政治家も居たが、そんなことは善良な市民である幹部たちはさすがにできないし、するわけないのだ。
 そして帰り際、捜査官は言った。
「実はですね。情報源は、とあるファンドでしてね。お宅を買収しようと目を付けて調査していたら、ということらしいんですよ。どうも、社長のスキャンダルでも見つけて、それをネタに話をねじ込むつもりのようでしたね。どことはもちろん言えませんがね。じゃ」
 幹部はほっと胸をなでおろした。

 そして数日後、とあるファンドから買収提案があった。もちろん拒む理由が無い、幹部はもちろん社員も持ち株会で株を持っているから、株価7倍でどうよと言われて断るはずなど毛頭ない。さらに相手は社長が死んでいると知っているのだから、話が早い。まさに渡りに船、助け舟。年度が替わるとともに幹部たちは成金し、社員も特別ボーナス状態、社長以下役員は入れ替わった。ホームページの隅に小さく前社長逝去のお知らせが出たのは、たいして世間の話題にならなかった。何しろ株主たちもTOBに応じて成金ウハウハ、人の生き死になんか関係ないのだ。動画も執筆物も大量にネット上に遺されているから、カリスマ社長のファンはそれで充分すぎて大満足なのだ。

 そしてその後。カリスマ社長の雄弁熱弁で盛り立てられてきた会社がどうなったか。「継続企業の前提に関する注記」というのはダテではないのだ。
 それでも遺された幹部や社員たちは、しばらくの間、「社長を記念する会」と称して、季節ごとに大宴会や旅行会で集まった。そしてハチャメチャ感もあったが、熱気と希望に溢れた時代と亡き社長のことを、酒のアテにして語り合い楽しみ親交を深めたのだった。もちろんメタバースではなく、リアルでである。呑み会はリアルだからイイのだ。そしていつか、それも善き想い出に変わっていくのだった。

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