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三枚のピッツァ

 ある港町のはずれに中年男がやっているピザ屋があった。今でこそぼちぼち繁盛しているが、開店したころは鳴かず飛ばず、そもそも商店街がシャッター通り、仕方なくパンとか売ったり港湾労働者して糊口をしのいだりもしていた。苦労人なのだ。

 そんなある日母子三人連れが来た。汚くは無いがどこか貧乏そうな感じ。シングルマザーの貧困率は高いのだ当たり前だ。小学生くらいの子供たちは「ピザ、ピザ」と騒いでいる。「あのう、一枚だけでもイイですか?」と聞くので中年男店主は「いいですよー」と答えた。疲れた顔といってもまずまずの美形なのだ。断わるわけがない。
「何にします?」「肉!」「チーズ!」子供たちがわめく。中年は苦笑しながら「じゃあ、マンジャフォーコってのがあるけど辛いので、辛くないようにアレンジしましょうか」
 カウンターに並んだ三人、子供たちは中年男がピッツァを作るのを目を丸くして見ている。そしてものの数分で出来上がった。何しろコロナのせいで店もガラガラなのだ。その間母親はじっとメニューの隅を凝視していた。しかし石窯を向いていた中年男の背中に目などないので、男はそれには気付かなかった。

「はいどうぞ」あっという間にできたチーズのとろけるピッツァを男は三人に出した。猛然と飛びつく子供たち。あっという間に無くなっていくピッツァ。母親は一切れだけ、ゆっくり食べた。「お母さんおいしーい!」「もっと食べたーい」母の顔が一瞬歪んだ。そして。
「まずい。何よコレ! こんなまずいピザ食べたことないわ!!」
 ニコニコしてみていた中年男の顔が冷めたチーズのように固まり、そして引きつった。「な、なんですって?」「まずい、て言いました」「お母さん美味しいよ!」「もっと食べたい!」「何言ってんのよ!マズイでしょこんなの!!」母子バトルか。「2,3枚食べるつもりだったけど、こんなマズイなら帰ります。一体どこでどんな修業したらこんなにまずくなるのかしらね!?」

 カッとなって思わず言い返そうとした中年男はそのとき気付いた、開かれたメニューの端の「美味しくなければお金は頂きません」という文字と、古ぼけたハンドバックからのぞく財布には、レシートが束で入っているだけで、千円札が数枚しかないことに。
「分かりました。そんなに言うなら、今度は美味しいのを作ってあげますよ!」猛然と中年男は二枚目を作り、出した。子供たち飛びつく。猛然と喰らう。「おいしーい!」母は食べない。「お母さんも食べなよ、美味しいよ!」と言われてやっと一枚食べた。しかしまた言った「まずい」子供たち「お母さん、これ美味しいよ、どうしたの?」「あんたたちはね、貧乏だから本当においしいものなんか食べたことないのよ!こんなのどこかのまずいハンバーガーと大差ないでしょ!」
 中年男「だったらもう一枚食べてみなさいよ!!」猛然と作る。子供たち猛然と、、、食べられなくなった。何しろチーズはいつもの三倍なのだ。腹いっぱいになるに決まっている。「あんたたち、食べ物は残してはいけない、作った人に失礼って教えてるでしょ!」「もうおなか一杯だよー」「仕方ないわね」母は残ったピザを食べた。そして言った「やっぱりマズイわね。来るんじゃ無かった」中年男は言った「それではお代は結構です。お引き取り下さい」「ええ、美味しくなければお金はいらないって書いてありますものね! さあ帰るわよ!」「おじさんごちそうさまー!」「おいしかったー!」駆け出していく子供たち。ゆっくり出ていく母。黄昏も闇が迫ってきた中、店から少し離れたところで、母が頭を下げたのを、中年男は確かに見た。

* * *

 そして数年後。またコロナだソンタク自粛休業だとメンドイ日々。なんと中年男の店正確には店のある団地に立ち退き要請が来た。老朽化した団地の土地が売られて、オーシャンビューのタワマンを建てるというのだ。中年男と数名の商店街の店主は拒否したが、デベロッパーの担当者はにべもない。「こんなボロ団地のボロい店じゃやってけないでしょ、補償金はたっぷり出しますよ、早く出て行ってくれませんかねぇ」と言いながら来るたびに補償金を釣り上げていく。確かに建物も設備も老朽化、手狭だし場所も良くはない。デリバリーも初老となつた中年男には中々大変、少子化でバイトも中々見つからない。いよいよ仕方なく立ち退きしようかと思い始めた頃、、、

「あの母親」がやってきた。ただし、一人で。そしてカウンターに座り、ピッツァを注文した。どこかのブランドのパリッとしたスーツで見るからにデキるビジネスウーマン。どこかのシワシワヘタレた女性元市長とはレベルが違う。今やどこか品格すらあった。外には黒塗りの車が待機している。そしてピッツァをそう時間もかけずに食べ終わると、そうだナポリっ子のようにアツアツのうちに食べたのだ、以前のようにノロノロタラタラではなく。そして口を開いた。
「あの時は大変申し訳ありませんでした。私はこういう者です、、、いや、こういう者になりました」その名刺に書かれた肩書は、この数年話題の都市再開発プランニングの事務所の、社長。超高齢化少子化の中で女性子育ての視点を活かした空き家や団地のリノベーションや商店街のテコ入れで、さびれた街を再生し子育て世代に人気、その事務所が手掛けた再開発案件は老若男女が楽しく暮らしている楽園のような街と評価が高いのだ。そして、、中年男に立ち退きを迫っていたのは、その事務所の親会社である地元中堅デベロッパー。
「ご無理を申して恐縮ですが、立退料の一部として、新築する物件の店舗部分の区分所有権を差し上げたいのです。もちろんお好きなフロアのお好きな場所で構いません。庭付き、テラスつき部分もありますから、良いようにして頂けるはずです」その時度々早く立ち退けと来るたびに担当者が釣り上げた立退料はなんと億を超えていた。中年男は、ただうんうんとうなづくばかりだった。

 そして団地と商店街はその後じきに取り壊され、3年もたたずにタワマンといっても20階程度「いざとなれば階段でもなんとかなる」居住棟と樹々も豊かな公園のような敷地の中にかつての長屋のような商店街にも似たオシャレな店舗棟ができた。正確には店舗は津波浸水対策で実質3階にあり、海側の物件は母親いや女社長の会社とデベロッパーがこれも買い占め低層の施設になっていたのでオーシャンビュー。中年男はその中で一番の庭付き物件に新しく店を構えた。もちろん今までの客だけでなくタワマンの家族連れ、だけでなく駅との無料シャトルバスまで運行しているので客が津波のように押し寄せ予約も取れないほど。バイト? そんなの上のタワマンに高校生も大学生もたくさんいる。そして幸せに暮らしたかどうか、、、愛だって今や金次第、そんな感じになりましたとさ。

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