投資先紹介:フェロトーシス誘導薬でがん治療を目指すFerroptoCure社について

ANRI榊原です。先日、FerroptoCure社より資金調達のリリースが発表され、ANRIからも出資をさせていただきました。プレスリリースの内容は以下よりご覧ください。

今回は投資先企業様であるFerroptoCure社の紹介と私がなぜ応援したいと思ったか、ぜひお話させていただければと思います。※科学的厳密性よりも読みやすさを重視しております。詳しい内容を確認されたい方は記事中の文献をご参照ください。

どのような会社か?

FerroptoCure社はフェロトーシス誘導薬でがん治療を目指す創薬企業です。フェロトーシスとは何か、雑に言うと酸化ストレスによって誘導されるプログラム細胞死のことを言います。耳なじみがあるかもしれない「活性酸素」が影響して細胞を死に至らしめる機構とも言えます。プログラム細胞死ですとofficial髭男dismの曲名にもなっている「アポトーシス」を聞いたことがあるかもしれませんが、それとは独立した別の細胞死です(詳細な内容が気になる方はレビュー論文(Tang et al. 2021)をご覧ください)。

がん細胞は正常細胞と異なり、酸性環境下に身をおいています(通常細胞周辺がPH7.4程度に対し、がん細胞微小環境においてはPH6.5)。このわずかに見える変動は細胞にとって重大な影響を与えるものなのですが、困ったことにがん細胞にはフェロトーシスから逃れ、増殖を続ける能力を持っています。がんの生存戦略の恐ろしさの一つですね。ならば、がん細胞のフェロトーシス防御機構を壊してしまえば、がん細胞を選択的にやっつけることができるだろう、というのがFerroptoCure社のアプローチです。

フェロトーシス研究の盛り上がりと実用化に向けた現在地

フェロトーシスに関する研究は昔からされていたのですが、2012年コロンビア大学のBrent StockwellScott J. Dixon(現在はStanford)らが現象に対しフェロトーシスという名前を付与し(Dixon et al. 2012)、その後アカデミアで多くの研究がなされるようになりました(Pubmedでみると2022年には3,000件を超える関連論文が発表)。有名雑誌からの発表も多くなされており、アカデミアにおける注目度が伺えます。

フェロトーシスの関する論文数の変化(出典:Pubmed)

実用化・創薬に向けた動きですと、大きく二種類の動きがあります。1つが神経変性疾患においてフェロトーシスを阻害する治療薬を創ろうとする動き(起こってほしくないフェロトーシスを止める)。もう1つがFerroptoCure社のようにがんをフェロトーシスによって死滅させようという動きです(起こってほしいフェロトーシスを引き起こす)。
後者について見てみると米国で一番目立っているのはKojin Txでしょう。前述のBrent Stockwellの師匠でもあり、他にも複数スタートアップを起こしているHarvardのStuart SchreiberがFounderの1人となっているチームです。2021年には$60MのシリーズA調達をしており、投資家にはPolaris Partnersなど有力どころが並んでいます。
とはいえ、数多くのスタートアップが生まれ、投資家が群がっている領域とはいえません。がん治療のために様々な手法が試みられている中の一つでしかなく、ヒトPoCも取れてはいません。本当にうまくいくのか様子を見ている段階ともいえるかもしれません。

がん治療におけるフェロトーシス誘導薬への期待

がん治療の最先端というと免疫チェックポイント阻害剤(ICI)CAR-T細胞が大変注目されているのは言うまでもありません。両者はとても強力なアプローチであり、フェロトーシス誘導薬の競合相手にもなります。ですが万能ではありません。例えば両者ともに「モダリティとして大きい」ですし、前者には「効果を発揮する患者が全体の2割程度」という問題、後者には「固形がんに弱い」という問題があります(それらを踏まえた改善策はすでに沢山打たれておりますし、両者のアプローチが強力であることに変わりはありません)。

その中でフェロトーシス誘導薬は「低分子で対応が可能」「固形がんに対応が可能」「上記二者とは全く異なる作用機序(MoA)」となります。だから上記二者の課題を解決できると言うことはできませんが、がんという強大な敵に対して様々な角度から戦うことに大きな意義があると思います。併用の可能性も含め期待したいと思います。

フェロトーシス誘導薬を創るプレーヤーは、フェロトーシス制御機構のどの分子をどのようにターゲットするかの戦略を練ることになります。制御機構と一口に言っても以下引用図に描かれている通り、関わる分子は多数存在します。フェロトーシス誘導薬というアプローチ自体が筋がいいと証明されると仮定すると、これらの因子を正しく制御できたプレーヤーが勝つというシナリオになるはずです。

Fig. 2: Core molecular machinery and signaling regulation of ferroptosis.
From: Ferroptosis: molecular mechanisms and health implications

FerroptoCureのチームはフェロトーシスという名前がつけられる前から、その領域の研究をされており(Ishimoto et al. 2011)、当該領域の知見を沢山持たれています。その知見を踏まえたアプローチが成功することを信じております。
FerroptoCure社のアプローチが気になったくださった方、同社グループのメンバーが所属されている慶応大学の研究室HPがキャッチアップしやすいかと思いますのでご覧ください(さらに気になる方はHP中で引用されている論文も是非です)。

FerroptoCureの好きなところ

担当者として、FerroptoCure社に惹かれたのは主に2点(※あくまで個人的な意見です)。1点目がフェロトーシス誘導薬でがん治療というアプローチの新規性・面白さ、2点目がCEOである大槻さんの静かで大きな熱でした。1点目については少しでも上述の内容で伝わっていることを願い、2点目についてこの節で書きたいと思います。

大槻さんの第一印象は穏やかで優しそうな方でした。表情や可愛らしいキャラクターのステッカーを張ったPCをもっていたことが影響したかもしれません。そこからお話をすればするほど、がん治療に対する強い思いと執着を感じさせていただきました。「立場はなんでもいい。病気が治ればいい。少しでも多くの人を救うために薬を創りたい。そのために経営の勉強を一からやるのは苦でない。」穏やかな口調で並べられる言葉には確かな重みと熱がありました。1人でも多くのがん患者を救うため、臨床医→研究医→起業と歩まれた経歴、医師として沢山のがん患者に向き合ったご経験が一つ一つの言葉にリアリティを与えていたのだと思います。

もう一つ印象的だったのは行動力です。大槻さんは自ら、様々なピッチイベントに参加して露出をあげ、賞をとり(以下受賞に関する記事を参照)、参加しているスタートアップ関係者に突撃する「脚力」をお持ちです。勿論その脚力は事業推進のためにも生かされており、口だけでなく動いて自分の目標達成に向け邁進できる方なのだなと感じさせていただきました。

日本からがん治療薬なんて創れるのか?フェロトーシス誘導薬ってうまくいくのか?懐疑的な声もかけられるかもしれません。でもFerroptoCure社が信じる未来を信じていますし、これからご一緒させていただくのが非常に光栄で楽しみです。
ここまで読んでくださった皆さま、「FerroptoCure社」と「フェロトーシス」をご記憶いただければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

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