世界最大の脱炭素特化型ファンド: Breakthrough Energy Venturesの成り立ちから最新動向まで
こんにちは!ANRIで蓄電池や脱炭素関連のリサーチをしているインターンのATです。今回はこれまでの記事でも少し触れてきた、世界の脱炭素領域の投資を語る上で避けては通れないBreakthrough Energy Venturesを深掘りします。
近年米国の脱炭素関連スタートアップが大型資金調達やIPOした際にBill Gates氏らの名前と共に紹介され、存在感を高めているBreakthrough Energy Venturesですが、その成り立ちや運営体制、また投資金額や社数といった情報はあまり知られていません。今回はそれらを明らかにすべく、投資を受けているスタートアップではなく、Breakthrough Energy自体に焦点を当てます。
1. Bill Gatesが19人の大富豪と立ち上げた巨大ファンド
Bill Gates氏とエネルギー問題
マイクロソフト創業者であり慈善活動家としても知られるBill Gates氏は、ビル&メリンダ・ゲイツ財団を通じた飢餓撲滅や感染症対策に関する活動と並行して、エネルギー問題にも精力的に取り組んできました。2006年には、当時技術革新がストップしていた原子力開発へ注目し、次世代原子炉の開発を行うTerrapower社の設立に携わり、共同会長を務めています。
そして2015年、パリ協定締結に合わせて「革新的なクリーンエネルギーを開発し、市場に送り出す企業を支援するための基金」としてBreakthrough Energyを設立しました。Gates氏は過去にも、2010年と2021年のTED Talkや、著書“How to Avoid a Climate Disaster”に加え、Netflixドキュメンタリー“Watch Inside Bill's Brain”などを通じて、自らのエネルギー問題への取り組みや考え方を発信し続けています。
過去の経験から学ぶ: “Cleantech 1.0”の投資家らと共に
Breakthrough Energyの根幹事業であるBreakthrough Energy Ventures (以下:BE Ventures)は、2016年にBill Gates氏をはじめとした20名の個人投資家を中心に設立されたVCファンドで、ファンド規模は20億ドルを超えています。この金額は、脱炭素特化型ファンドとしては世界最大規模であり、2021年の日本全体の脱炭素関連企業の資金調達額(約310億円)の10倍近くに相当。個人投資家にはAmazonのJeff Bezos氏やAlibaba GroupのJack Ma氏、ソフトバンクの孫正義氏など、錚々たるメンバーが名を連ねます。
投資家兼取締役には、かつて2010年頃の環境投資ブーム(”Cleantech 1.0”)で投資活動を行っていたKleiner PerkinsのJohn Doerr氏、Khosla VenturesのVinod Khosla氏らが在籍。彼らは電気自動車のFiskerやバイオ燃料のKiOR等への投資で失敗を経験しており、その主な要因を短いファンド運用期間とクリーンテック企業の黒字化にかかる長い時間のミスマッチだと分析しました。その経験がファンド設計に活かされ、ファンド運用期間については、VCファンドとしては異例の20年に設定。リスクの高い領域でこれほど長い運用期間を実現できるのは、BE Venturesが個人投資家の集団であり、また必ずしも営利を第一とするものではないため、リスク許容度が高いことが大きな要因だと考えられます。
2. VCだけじゃない?Breakthrough Energyの全貌
ステージに合わせた3段階から構成
上記のBE Venturesに加え、2021年にはスタートアップ創出のためBE Fellows、そして大規模商用化までのサポートを目的としたBE Catalystがスタートし、VC投資のスコープ外の取り組みに対してもアプローチできる体制を整えました。
BE Fellowsは基礎研究段階の新規技術の事業化を促進するため、個人~小規模なチームに多角的な支援を行うプログラムとされています。第一期では6人の研究者と4人のビジネスサイド、3つのチームが採択されています。
BE Catalystは主に、量産化段階での課題解決を目的としたプログラムです。量産化に際しては、コストダウンのために大量の需要が必要な供給側(スタートアップ側)と、コストダウンが達成されれば大量注文をしたい需要側の”鶏が先か、卵が先か”問題が発生します。そこで、(1)BE Venturesよりさらにリスク許容度の高いエクイティ資金、(2)グラント資金、(3)大企業とのオフテイク契約のいずれかを提供することで鶏か卵か問題の解決を図ります。また、既にBoston Consulting GroupやMicrosoft, Shell,そして三菱商事等から15億ドルを集めており、最終的には150億ドルのレイズを目指すことも発表しています。
3. 経験豊富なチーム
Breakthrough Energyは前述のFellows, Ventures, Catalystのほか、インパクト測定などを行うBE Sciencesや政策チーム、広報チームも抱えており、総勢130名のフルタイムメンバーが在籍しているようです。そのうちVC投資のBE Venturesには、現在32名が在籍しており、その多くがトップ大学のPh.DまたはMBAの保持者、または元スタートアップ起業家となっています。
BE VenturesのBusiness Leadを務めるCarmichael Roberts氏は、大学発の技術を応用した素材系ベンチャーを支援するMaterial Impact社の創業者であり、Duke大で有機化学のPh.Dを、MIT SloanでMBAを取得しています。Technical LeadのEric Toone氏はトロント大でPh.Dを取得後、大学でのキャリアと並行して3つの企業の創業に関わり、さらに米国エネルギー省で、エネルギー関連技術へ資金助成を行うプログラムであるARPA-EのCTOを務めた経歴を持ちます。
BE Venturesには環境系スタートアップの起業経験者も在籍しています。Bhargavi Chevva氏はExxonMobile社に勤めた後、発展途上国でオフグリッドの太陽光発電を提供するPicoEnergy社を共同創業した起業家であり、Harvard Business SchoolでMBAを、MITで化学・生物工学の学士号を取得しています。Sila KiLiccote氏は電気自動車関連企業のeIQ Mobility社でCEOを務め、NextEra Energy Resources社に売却しています。
4. 最新動向: 景況感の悪化を受けてややスローダウン
Crunchbaseによると、BE Venturesはこれまで115件の投資を行い、他の投資家との共同投資も含む一回のラウンドでの資金調達額の中央値は2.6億ドルとなっています。過去の投資先には核融合のCommonwealth Fusion社、全固体電池のQuantumScape社、蓄電池リサイクルのRedwood Materials社、アグリテックのPivot Bio社などがあります。直近の動向としては2021年に世界的な脱炭素関連投資の増加に伴い、資金調達額・件数ともに急増した後、2022年に入ってからは景況感の悪化を受けてややスローダウンする形になっています。
5.まとめ: 資金と人材に見るエコシステムの成熟
今回はBreakthrough Energyの成り立ちや体制について見てきました。Breakthrough Energy Venturesでは大富豪の個人投資家から資金を募ることでリスク許容度の高いファンドレイズが可能となっていますが、米国では他にもElon Musk氏がスポンサーとなり同じく脱炭素領域を支援するXPRIZE Carbon Removalなど、個人の大富豪が新規技術開発に資金を還元する動きがあります。
また人材についても、脱炭素関連領域での投資や起業の経験者が多数在籍してスタートアップを支援し、ファンド設計にもその経験が活かされており、エコシステムの成熟を感じさせます。BE Venturesに加えてまだ始まったばかりのBE FellowsやBE Catalystについても、今後これらがどのように機能するのか注目していきたいと思います。
6. 最後に
今回ご紹介したBreakthrough Energy Venturesの動向からも、脱炭素スタートアップが世界中から注目を集めていることがわかります。
ANRIでもその時流にいち早く着目し、2022年1月に気候変動・環境問題など脱炭素に特化した「ANRI GREENファンド」を100億円規模で設立いたしました。1社目には、レーザー核融合技術を開発するEX-Fusionに投資しております。
日本には、素晴らしい技術を開発する研究者が多く存在すると実感しており、日本から世界に通用する新たな産業を作り出す一助を担えればと思っております。
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参考
Breakthrough Energy
ゲイツと19人のリーダーが1,000億円超のVC設立、目的は「温室効果ガスの削減」
Billionaire-Backed Breakthrough Energy Ventures Makes 7 More Investments
Climate Change, Part I: Lessons Learned from Cleantech 1.0
Global Climate Tech Venture Capital Report - Full Year 2021
産業のGXに向けた資金供給の在り方について
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