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君だけのファッションショー

気づいたときには小一時間経っていた。可奈子は自分の部屋にいた。壁には高校の制服がかけられている。母親が近所の中古品店で適当に見つけてきた姿見の前でああでもない、こうでもない、と次々と服を放り投げた。それでもぜんぜん決まらない。
可奈子はどちらかというと直感でモノを決める性格であった。かつて家族でファミレスに行ったときも、弟は優柔不断でいつまでも悩んでいるのに対し、可奈子はすぐに決めることができた。それで後悔したことはなかった可奈子は、今回も直感でいこうと思っていた。
しかし、ここで問題が起きる。
いっこうに直感が降りてこないのだ。それもそのはず。明日は一生一番の、朝陽くんとのデートの日であった。
昨日、張り切って買ってきた袖口にフリルが付いている黄色のワンピースを合わせるが、お店で見たときより色褪せて見えた。むしろ自分には似合わないのではないか? そう思えてきた可奈子は、キッチンで晩ごはんの準備をしていた母親を呼んだ。
「母さん、いま忙しいんだからアンタが来なさい」
仕方なく二階の自室から降りてきた可奈子は、自分に黄色のワンピースをあてて反応を伺う。
「これ、ヘンじゃない? 似合ってる?」
「……」
母親の真由美はぐつぐつと音を立てている鍋の前で、顔だけこちらを向けた。
「あら、デート? 可愛いじゃない」
「ちょっと! 真面目に答えてよ」
「答えてるわよ。可愛い、ワンピースが」
鍋の具材を混ぜながら真由美は言った。
「え……」
「ちょっと可奈子には似合わないわねぇ」
「どこらへんが? 店員さんに似合ってると言われて買ったんだけど」
「店員さん商売上手ね」
「ねぇ、どこが! この袖のフリルとか可愛いじゃん!」
「そりゃあ可愛いわよ、デザインはね。でもそれが可奈子に似合ってるかどうかは別」
可奈子は青天の霹靂のようなショックを受けた。うなだれたままキッチンを出て、2階へ上がろうとする。
「あ、ねぇ! もうすぐご飯できるわよー」
真由美が呼びかけるが、可奈子には聞こえていない様子で返事がなかった。

自室へ戻ってきた可奈子は、黄色のワンピースをゴミ箱へ投げ入れ、うつ伏せにベッドに横たわる。

目が覚めたときには朝を迎えていた。カーテンの隙間から可奈子の顔に日差しがあたる。
「ん……」
目覚まし時計を見ると9時半を針が示していた。慌てて飛び起きる可奈子。待ち合わせは11時で、シャワーも浴びてなければ化粧も服装も決まっていなかった。
「やばいやばいやばい!!」
ダダダーッと階段を駆け下りてお風呂場へ向かった。
「いまお父さんが洗面所使ってるわよー」
可奈子が降りてきた音に気づいた真由美が話しかける。
父は洗面所で髭を剃っていた。シェーヴィングの泡を顔につけたままだ。
「ごめんお父さん、一瞬出て! ちょっと待ってて!」
可奈子は父の背中を押して強制的に出ていかせる。

可奈子は待ち合わせ場所に立っていた。服装カジュアルな格好で、デニムにラフなTシャツ。時間がなかったために、こんな格好で来てしまったことを後悔していた。
しばらくして朝陽がやってきた。
「ごめん、待たせちゃったかな?」
「ううん、私もいま! 来たとこ」
可奈子は緊張して声が上ずってしまった。
「じゃあ、行こっか」
朝陽が可奈子の服装を全身なめ回すように見る。
「ワンピースは着ないんだね……」
朝陽が聞こえないくらいの小声で言った。
「え?」
「ううん。あ、お店見えてきたね」

「どんな従妹さんなの?」
二人はおもちゃ屋さんに来ていた。可奈子は女兄弟がいない朝陽から、一緒に誕生日プレゼントを選んでほしいと誘われていた。
「可愛い子だよ。お人形さんごっこがすきで、いつも僕と遊んでくれるんだ」
「朝陽くん、お人形さんごっこするの!? 意外!」
「まぁ、……可愛い従妹のためだから」
朝陽は女の子向けのおもちゃを手に取りながら言った。
「この着せ替え用の洋服、どうかな?」
それは、可奈子が今日のために買った黄色のワンピースにそっくりだった。思わず固まってしまった可奈子。朝陽が不思議そうに可奈子を伺っている様子に気づき、慌てて気を取り直す。
「可愛いね。喜んでくれそうだよ」
そうだよね、買おうかなと朝陽が反応した。
可奈子はやっぱりあのワンピースを着てこれば良かったと後悔した。例え、似合っていなかったとしても、朝陽くんなら褒めてくれていたかもしれないと思った。誘われたことが嬉しかったのにもかかわらず、普段の格好で来てしまった。それは朝陽くんにも失礼だったかもしれない、とさらに後悔した。

「今日は付き合ってくれてありがとう」
朝陽は手提げ袋を顔の高さまで上げて示し、言った。
会計を終え、店を出てきた二人は駅までの道を歩く。可奈子はお茶に誘おうか迷っていたが、言い出せずにいた。
「じゃあ、バイバイ」
そう言って、朝陽は改札の中へ消えていった。
「あ……」
一人、可奈子は改札の前で佇んでいた。

朝陽は自分の部屋に帰ってきた。一般的な男子高校生の部屋。本棚やクローゼットに勉強机。朝陽がとある戸棚を開けると、そこにはたくさんの人形が集められていた。そこに先ほどの店で買った、プレゼント用に包装されたおもちゃの着せ替えを着せてやる。
机の引き出しから、一枚の写真を取り出した。それはクラスの集合写真で、数人の女子生徒の顔には黒くバツ印が書いてある。可奈子の顔にもバツ印が追加され、元の引き出しにしまう朝陽。
「今日はハズレだったな」
朝陽は感情をどこかに置いてきたかのように、無表情で言った。

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