見出し画像

君の後ろ姿は神様のもの

男の子の後ろ姿。
あー木野くん今日もかっこいいな。あのフッサフサの髪の毛に、ちょっと寝ぐせが残ってるとこ。身体は華奢なのに肩幅は広いとこ。きれいな顔してるのに声は低いとこ。授業であてられてもすんなり答えて正解するとこ。お兄さんと仲良いとこ……
「……き! ……さき! 起きて!」
どこからか声がした。ちょっと今いい気分なんだから話しかけないでよ、と思っていると、突然、パシっと頭を叩かれた。顔を上げると愛海がいた。
「ちょっと、いつまで寝てるの? もうみんな移動しちゃったよ!」
「へ?」
見渡すとそこは教室。生徒は誰もいなかった。
「早く~! チャイム鳴っちゃう!」
「やば!」
光咲は急いで準備し、愛海のあとを追った。

チャイムに間に合った二人は、理科室で並んで授業を受けていた。何か実験の準備をしている。
「さっきはありがと」
「光咲、ずーっと木野くんのこと見てて飽きないの?」
光咲が焦って、思わず自分の口元に人差し指をあてる。
「シッ! 聞こえちゃうでしょ」
「みんな音出してるし大丈夫でしょ。そもそも木野くん席離れてるじゃん」
愛海が二人の後ろ、少し離れた席にいる木野を一瞥した。
「ダメ。誰にもバレたくないの、ひそかに思ってたいの」
「言わなかったけど光咲、さっき寝言で木野くん言ってたよ」
「うそ!」
よそ見をしていた光咲。その瞬間、勢いよく蛇口から出た水が光咲の手に当たり、水が跳ね返った。それが離れた木野にかかってしまう。光咲は目を丸くし固まっていた。木野の表情は引きつっていた。
「わお。これでひそかには無理だね」

昼休み、光咲と愛海が一緒にお弁当を食べていた。
「サイアクだ……もう絶対嫌われた」
光咲はしょぼくれた顔して、弁当は全くと言っていいほど減っていなかった。
「むしろ良かったじゃん。木野くんに気づいてもらえて」
「よくない! あんな第一印象悪すぎる。もうお嫁に行けない……」
「なに言ってんの。ほら、これあげるから元気出して」
愛海が自分の弁当からタコさんウインナーをとり、光咲の弁当のフタに置いた。
「タコさん~~~どうしよう~~」
光咲は今にも泣きそうな表情。
「そういえば来週、席替えだよね。光咲どうすんの? もう合法的に木野くんをガン見出来なくなっちゃうけど」
「来週? 席替え? なんのこと?」
「先生この前言ってたじゃん。事前に前の席が良いヤツは自己申告しろって」
「うそッ!」
沈んでいた光咲が大きく顔を上げた。
「また運よく木野くんの後ろの席になればいいけどさ、前の席になっちゃったら――」
「さよなら、私の初恋から二番目の恋……」
光咲はちょびちょび、白米をつまみだした。
「諦めるのはや! そして暗い!」
「だってまた木野くんの後ろの席になるとは思えないし」
「おーい! 今朝までのなりふり構わずガン見してた光咲さんはどこにいった! 冬眠中ですか? ちなみに今はめっちゃ夏ですよー!」
やまびこのように愛海の声が響いた、ように聞こえた。ポカーンとした空気と空間が二人を包む。
「愛海ちゃんはいつも元気いっぱいで面白くて良いね」
光咲は引き続きちょびちょび弁当をつまんでいた。
「でもさー、ちょっとズルしてもいいんじゃない?」
「でもみんなすきな席に座りたいのは同じだし」
「ちょっとぐらいいいじゃん。大丈夫だって!」

一週間後、くじ引きで決まった新しい席替え表が黒板に貼られていた。
「やっぱり……私はこの前の理科室で運に見放されたんだ」
肩を落とす愛海。
光咲は前から二番目、その隣が愛海、木野は最後列の席であった。
「だから、言ったじゃん。なんもしなかった光咲が悪い」
「神様、次回はお願いします!」
光咲が手を組んで天にお願いする。
周りはぞろぞろと机を動かそうと動いていた。
「でも次回ってある? もうすぐ私たち学年上がってクラス替えじゃない?」
「え? ……あ!!」
「愛海ちゃんって視力良いよね? ボクと席、変わってくれない?」
突然、木野が会話に入ってきた。光咲は突然のことで固まっている。
「え? まな…み…ちゃん?」
「ごめん、馴れ馴れしかったかな。ボク最後列で見えづらくてさ。君は……光咲ちゃんだよね」
木野が光咲に話しかけてきた。
「……うん」
少し赤ら顔でモジモジしてしまう光咲。
「よーく覚えてるよ。理科室のこと。ビックリしたよ」
「ご、ごめんなさい! まさかあんなことになるとは思わなくて」
「愛海ちゃん、良いよね? これをきっかけに光咲ちゃんと仲良くなりたいんだ」
「仲良く……」
その言葉だけが光咲の頭の中でこだました。
「別にいいけど」
そう言いながらも、どこか訝しげの愛海。
「ありがとう。これからお隣さん、よろしくね。理科室のお礼もしたいし。ボク、あんなこと親にもされたことなかったからさ」
三人の間に不穏な空気が流れた。
「じゃ、先生にも言っておくね。ボク成績良いからさ、あとから言っても聞いてもらえるんだ」
そう言って、木野がどこかに消えていった。
「ねぇ、なんかお礼って言ってたけど、やばくない? ってかあんなに性格悪いの?」
愛海がヒジで光咲をつついた。
「木野くん……」
光咲はすっかり木野にホの字だ。
「ありがとう、神様!!」
「わたし知らないからねッ。どうなっても」
「愛海、ありがとう。私の隣にいてくれて」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?