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知財戦略策定のための情報収集、分析の仕方

本記事は技術情報協会「「特許の棚卸し」と権利化戦略~権利維持すべき特許、放棄すべき特許の選び方、特許出願/ノウハウ秘匿の決め方~」(2017年12月)に寄稿した論考です。

知財戦略を策定するために必要な情報の種類や収集の仕方、また収集した情報の分析方法など、実務に役立てていただければ幸いです。

はじめに

知財戦略を策定するためには、特許情報や訴訟情報をはじめとした知的財産関連情報だけではなく、企業情報やマーケット情報、学術文献の情報など多種多様な情報を収集・整理、分析する必要がある。知財戦略に限らず、戦略立案・策定するためには、図1に示すように自社の内部環境および自社を取り巻く外部環境について情報収集し、分析することが重要である。十分な情報収集・分析に基づかずに、経験や勘に頼って戦略を策定しても、それは独りよがりのものとなってしまう。


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図1:戦略策定プロセス


本節では特に知財戦略策定時における情報収集について述べる。分析方法の詳細については別途拙著(参考文献1)やその他書籍・刊行物(参考文献2-6)を参考にしていただきたい。

1. 企業における知財戦略とその位置づけ

われわれは戦略という言葉をよく耳にするが、戦略という言葉にも古今東西様々な定義が存在する。本節では「戦略とは現在地と目的地を結ぶルート」(酒井穣、新版 新しい戦略の教科書(参考文献7))を代表的な戦略の定義として紹介したい。また一口に戦略と言っても図2に示すように企業や組織体において様々な戦略が存在する。


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図2:戦略の階層構造


企業においてもっとも重要な戦略は経営戦略(全社戦略)であり、それに続いて事業戦略がある。仮に単一の事業部門から構成される企業であれば、経営戦略(全社戦略)が事業戦略とほぼ同義として考えて良い。事業戦略には事業のゴールが存在し、そのゴールを機能別に支えているのが機能別戦略(オペレーション戦略)であって、知財戦略はこのオペレーション戦略(機能別戦略)の1つとして位置づけられる。

ここで知財戦略について定義したい。上述の通り、企業において最も重要な戦略は経営戦略(全社戦略)であり、その下位に事業戦略が位置づけられる。知財戦略だけでなく、研究開発戦略もマーケティング戦略、財務戦略、人事戦略なども事業戦略を実現するための戦略である。よって、知財戦略のゴールは知的財産面で事業戦略のゴールをサポートするものであると言える。元キヤノン専務取締役であった丸島儀一氏の著作(参考文献8)によれば知財戦略は「事業を強くする知的財産の創造、保護(権利化)、活用の戦略」と定義されている。また、下町ロケットのモデルとなった弁護士の鮫島正洋氏の共著(参考文献9)によれば知財戦略は「知財によって企業競争力・事業競争力を高めるための戦略」と定義されている。いずれも既存の自社事業または今後立ち上げる予定の自社事業を知的財産面から支援することが知財戦略の本質である。

2002年2月小泉元首相の「知財立国宣言」を受けて発足した知財戦略会議によって、図3に示すような事業戦略・研究開発戦略および知財戦略の三位一体が唱えられた(参考文献10)。


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図3:経営戦略における三位一体


この中で

事業戦略⇔知的財産戦略

新規事業参入、他社との事業提携等の事業戦略策定にあたり判断材料として知的財産情報を利用

研究開発戦略⇔知的財産戦略

・自社の技術力の分析や研究開発テーマ設定に活用
・共同研究パートナー選定の判断材料として知的財産情報の活用

知的財産戦略

事前調査:他社動向調査(特許マップ作成等)

とあるように、事業戦略と知財戦略の連携、研究開発戦略と知財戦略の連携、そして知財戦略策定のために、情報の中でも特に特許情報の収集・調査・分析が重要であることが分かる。なお、ここでは詳細は述べないが知財におけるオープン・クローズ戦略というものも昨今脚光を浴びている。こちらについては小川氏の著作(参考文献11,12)を参考にされたい。

2. 情報の種類と知財戦略に必要な情報

2.1 情報の種類:公開情報と非公開情報


氷山

図4:氷山の一角


「氷山の一角」という言葉がある。情報には公開情報と非公開情報の2つがあるが、我々が収集できる情報というのは海の上に浮かんでいる「公開されている情報」である。もちろん自分が所属している組織の内部情報は、外部の人にとっては非公開情報であるので、一部非公開情報についても収集することは可能である。しかし競合企業の今後の計画・戦略や市場や技術の将来動向については原則非公開情報または未確定情報であるから、スパイ等の非合法な手段を用いない限り入手することはできない。

知財戦略の基礎となる特許を始めとした知財情報は公開情報であり、特許情報とそれ以外の公開されている企業情報・市場情報などを丹念に収集してつなぎ合わせて分析することで、競合状況の把握そして自社の知財戦略戦略策定につなげることが重要である。

2.2 知財戦略策定に必要な情報

知財戦略策定に必要な情報を大きく2×2のマトリックスで整理すると、内部情報・外部環境と知財情報・知財以外の情報の4種類に分けることができる。


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図5:知財戦略策定に必要な情報


知財情報といっても、特許公報などの情報だけではなく、国内外の知的財産制度に関する情報や訴訟・係争情報なども含まれる。知財以外の情報をさらに分けると、PEST分析のフレームワークで考えると良い。PEST分析とは、政治的な面P(Political)、経済的な面E(Economical)、社会的な面S(Social)、技術的な面T(Technological)の4つの面からマクロ環境分析を行う際のフレームワークである。なお、参考に宇佐見(参考文献13)は表1に示すような情報が特許戦略策定に必要であると述べている。


表1:特許戦略策定に必要な情報(出所:宇佐見)

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下記に代表的な情報源を示す。ほとんどの情報についてはインターネット経由で入手できるが、すべての情報をインターネットから入手できるわけではない。紙媒体しか存在しないものもあるので、国会図書館等に訪問することも必要である。また電子媒体でもなく紙媒体でもない、人から得られる情報というのは非常に貴重である。知財面の情報だけではなく、様々な面で情報を入手できるような人的ネットワークを構築しておくことが望ましい。


表2:代表的な情報源

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3. 知財戦略策定のステップと情報分析の仕方

3.1 知財戦略策定のステップ

知財戦略策定のステップは以下の通りである。

1)知財戦略の前提となる事業戦略の確認
2)事業戦略で対象とする事業領域・技術領域に関する情報収集
3)2)で収集した情報の分析
4)自社の目指すべきポジション・競争地位の確認
5)自社の取るべき知財戦略の策定

上述の通り、知財戦略は自社事業の競争優位性を構築・維持するためのものである。そのため、知財戦略の前提となる事業戦略について確認する。新規事業であれば、どのような領域で、どのような自社技術を生かして事業を行うのか?一方、既存事業であれば、現在の方向性を維持するのか、それとも市場から撤退するなどの大きな方向性の転換を図るのか?などである。
2)では1)で確認した事業領域や技術領域について情報収集する。情報収集する際は、経営戦略のフレームワークである3C、5フォース、バリューチェーン、マーケティングの4Pなどが役立つ。

2)で収集した情報を分析するが、知財情報以外の分析については参考文献に挙げた書籍などが役立つ(参考文献14-16)。知財情報分析については次項にて述べる。

収集した情報を分析する3)のフェーズで重要な点は「事業戦略で対象としている事業領域・技術領域の知財特性」を見極めることである。つまり、知財が自社の競争優位性確保に(相対的に)効くのか効かないのかということである。一般的に医薬品業界は知財、特に特許が企業の競争優位性に大きく効いており、特許1件の持つ価値は他業界に比べると相対的に大きい。一方、家電などは特許の出願規模が大きい割には、特許が企業の競争優位性にはあまり効いていない(あくまでも相対的なものであって、特許が企業の競争優位性に全く効いていないと主張するものではない)。情報通信・半導体分野になると、家電と同様出願規模が大きいが訴訟リスクも大きく、規格・技術標準(参考文献12)なども考慮しなければならないため、特許1件当たりの価値は(相対的に)低いが、特許が企業の競争優位性に効く。

これらを踏まえて4)自社の目指すべきポジション・競争地位を確認して、5)自社の取るべき知財戦略を策定する。ポジション・競争地位とは、トップ、チャレンジャー、フォロワー、ニッチャーの4つに分けることができる。自社の目指すべきポジション・競争地位を確認する理由としては、「ポジションに見合った戦略」を第一に選択すべきだからである。フォロワーの企業はトップの企業と同じ戦略を取ることができないのは容易に想像がつくだろう。ただし、3)の分析の結果、「事業戦略で対象としている事業領域・技術領域の知財特性」を明らかにしているので、

a)知財が効く領域
b)知財が効かない領域

においてb)であれば、知財が効く領域に変更できないかを検討すると良い(たとえば花王のヘルシア緑茶による清涼飲料水業界参入に伴い、清涼飲料水業界も知財が(相対的に)効かない領域であったが、知財(相対的に)効く領域となった)。知財が効く領域に変更できるかできないかは、製品・サービスそのものだけではなく、バリューチェーン上の機能で知財が効くように変更できないか検討すると良い(コマツのKOMTRAXは建機のモノ売りから、建機の遠隔モニタリング・メンテナンスサービスを付加することでコト売りビジネスへの転換を図った。知財で他社参入を完全に防げているわけではないが、バリューチェーン下流である建機の遠隔モニタリング・メンテナンスサービス関連でも特許出願・権利化を図ることで知財が効く領域を変更した例である)。また知財が効く領域であっても、「何を出願し、何を出願しないか」といういわゆるオープン・クローズ(参考文献11)の視点も重要である。


5)自社の取るべき知財戦略を策定の例として、日本国特許庁の知財戦略事例集に掲載されている例を掲載する。自社が他社と比べて優勢か、拮抗しているのか、または劣勢なのかによってどのような戦略を取るべきかのガイドラインが書かれている。


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図6:自社他社の権利取得状況と権利取得予測(参考文献17)


3.2 知財情報分析の目的と種類

前項で知財戦略策定のステップを述べた。本項では知財戦略策定の中でも、特に知財情報分析について目的と種類を整理する。戦略経営論の創始者であるイゴール・アンゾフは、軍事用語であった「戦略」という言葉をビジネスの世界へ適用した。アンゾフは企業における各事業の位置づけを明確化するために、市場と製品を縦軸・横軸に設定し、それぞれを既存・新規に分けることにより2×2の成長マトリックスを提案した 。このアンゾフの成長マトリックスをベースに特許情報分析の目的および種類を層別化すると図7のようになる。


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図7:知財情報分析の目的と種類


アンゾフの成長マトリックス内に位置する特許情報分析、つまり自社が既存市場に参入済みである場合の分析の種類としては

①現状分析(技術/他社)
②新規用途探索(ニーズ探索)
③新規技術開発(シーズ探索)

の3つとなる。それ以外の4つの特許情報分析はマトリックス外

④新規参入分析
⑤市場撤退分析
⑦M&A・提携先探索

またはマトリックス全体を包含(⑥保有特許の棚卸)する位置づけである。各特許情報分析の目的と種類、および対応する分析内容とゴールについて表3にまとめた。


表3:特許情報分析の目的と種類の詳細

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おわりに

知財戦略を策定するためには、知的財産面だけの情報を収集・分析すれば十分ではなく、事業戦略のゴールを実現するために、自社事業の理解およびマーケットや顕在競合・潜在競合他社といった外部環境の理解するための情報収集・分析も必要となる。


参考文献

1) 野崎篤志,特許情報分析とパテントマップ作成入門 改訂版,発明推進協会,2016年
2) 中村茂弘, 経営判断直結!特許地図作成法, 発明推進協会, 2007年
3) 豊田裕貴・菰田文男, 特許情報のテキストマイニング―技術経営のパラダイム転換, ミネルヴァ書房, 2011年
4) 菰田文男・那須川哲哉, ビッグデータを活かす 技術戦略としてのテキストマイニング, 中央経済社, 2014年
5) 日本国特許庁, 特許情報分析事例集, 2010年
6) みずほ情報総研, 平成 22 年度 独立行政法人工業所有権情報・研修館 請負調査研究事業, 知財情報の有効活用のための効果的な分析方法に関する調査研究, 2011年
7) 酒井穣、新版 新しい戦略の教科書、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2015年
8) 丸島儀一,知的財産戦略,ダイヤモンド社,2011年
9) 鮫島正洋・小林誠,知財戦略のススメ,日経BP社、2016年
10) 日本国特許庁, 特許行政年次報告書2004年版, 2004年
11) 小川紘一,オープン&クローズ戦略 増補改訂版,翔泳社,2015年
12) 小川紘一,国際標準化と事業戦略,白桃書房,2009年
13) 宇佐見弘文, 企業発展に必要な特許戦略, 北樹出版, 2010年
14) Craig S.Fleisher・Babette E.Bensoussan, 戦略と競争分析―ビジネスの競争分析方法とテクニック, コロナ社, 2005年
15) 宮尾大志ほか, 外資系コンサルのリサーチ技法: 事象を観察し本質を見抜くスキル, 2015年
16) 高辻成彦, アナリストが教える リサーチの教科書―自分でできる情報収集・分析の基本, ダイヤモンド社, 2017年
17) 日本国特許庁, 戦略的な知的財産管理に向けて-技術経営力を高めるために-<知財戦略事例集>, 2007年

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