第4話 タイムスリップを知る女-01

「で、どうなったの!?」女はポテトフライをかじりながら龍馬の話を聞き入っていた。
「そこからエルサルバドルの知合いがやっとる店にかくまってもろうた。」
相変わらず龍馬はチキンに噛り付いていた。
「えー、そのエルサルバドルって人ヤバくない?」
「いやぁ、頭が上がらんき。」
「てゆうか何者?」
「恐らくは妖怪の類じゃ…。」龍馬の顔は冗談のようで強張っていた。
毎日のようにド派手な化粧と衣服を身に纏うそれは、龍馬にとっては伝記の鬼や魔物に近かった。
「わしの衣食住、全部あやつが面倒みてくれとる。」
「ええー、めっちゃ良い人じゃん!」
「このジョイナスっちゅうアプリも教えてもろうたんじゃ。男女問わずしてたくさんの人に出会えるとな。あまりに驚いてしもうて、鼻から血が出てしもうたぜよ。」
「なにそれ、めちゃ興奮してるじゃん!」
「そりゃそうじゃ!こんなもん、ワシの時代にはないぜよ!」
さすがと言うべきか、龍馬はこの数日のうちに現代文明に理解が追い付いていた。スマートフォン、アプリ、概念や理屈は全く持って皆無だが、便利で魔法のようなものがあることを冷静に受け止めている。
「え、マジ?龍馬ちゃんの時代にはないの?」そもそもの話、女は龍馬が何時代からきて、それが今から何年くらい前なのかよく知らなかった。
「異国ではみんな使っとったのかもしれんなぁ…
やはり開国して日本をもっと大きぃ成長させないかんぜよ!」
「おお、坂本龍馬っぽいセリフ!ウケる!」
「ぽい、とはなんじゃあ。ワシが龍馬ぜよ。」ごく真面目に話す龍馬とヘラヘラしている女の構図は、他からみれば盛り上がっている男女でしかなかった。店員はおろか、混みだした店内で龍馬に気が付く者は現れない。
「ところでさ。」
「なんじゃ。」
「龍馬ちゃんって、何した人だっけ?」
「ん…?」
女は高校こそ卒業しているものの、勉強は著しく不得手だった。特に歴史関係はゴーヤより苦手だった。


女、須田リカは幼い頃に両親が離婚し、母と二人で生きてきた。とはいっても母はアクセサリーブランドを経営しておりそれがヒットしたため、お金に困るようなことは無かった。学生時代は流行りに乗ってレゲエダンスに汗を流したが、勉強に汗を流すことは皆無だった。
それは母の影響である。母は常々「二頭追うものは一頭も得られない」と口癖のようにリカに言い聞かせてきた。リカはその教えの元にダンスと勉強の二頭を追わず、ダンスのみを追うことにした。が、流行りの下火と共にリカのレゲエダンス熱も次第に下がってゆき、ついにダンスを追うこともやめた。リカは流行に敏感だった分、世間が飽きたものに興味は無かった。
その後、口が達者で頭の回転が良く、友人にも恵まれて先生からも可愛がられていたため、無事高校を卒業することができた。


「でもその、エルサルバドル、だっけ?
そんな人に運よく出会えてホントよかったね。」
「おお、ワシは強運の持ち主やき。」龍馬は胸を張り、鼻息を荒びかせた。
「必ず、ワシの時代に帰ってみせるぜよ!」
「すごーい、なんか映画みたーい。」女が意図したものではないにしても、その相槌は実に淡泊なものだった。

「でも、どうやって帰るの?」
「それじゃ…。」龍馬は目を煌びやかせ、
ぐっとテーブルに体重かけて女に顔を寄せる。
「え、なに?」突然のことに女は驚きを隠せない様子で、意味もなくスマホを握りしめて強張った。

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