第3話 龍馬の記憶とエルサルバドル-01

覚えている最後の記憶。
それは慶応三年、冬の夜。京都の近江屋で中岡慎太郎といたところに男が二人現れて…


「わしゃ…死んでしもうたのか?」
気が付くと、見覚えのない場所にいた。男、坂本龍馬はビルの谷間にあるゴミ置き場に横たわっていた。龍馬は当然事態が理解できず、とりあえず光を求めゴミを踏み締め、そこを脱した。広がった景色は、ネオンがパレードのように妖しく煌めく夜の街。龍馬は後にここが新宿二丁目という地域だということを知るが、そのときはそんなことはおろか、ネオンやビル、車や行き交う人、全てが理解できずパニックになった。
「ここはどこじゃあ!?」
龍馬は着ていた衣服が乱れるのも気にせず、街を裸足で駆けた。ここは黄泉の国なのか?聞いていた話よりも随分派手だが、なかなかイカしている。混乱から脱した龍馬は、持ち前の好奇心をフルスロットルにして辺りを見て回る。もはやかつての混乱は興奮に変わっていた。
それを冷ややかに見る群衆の中に、一人の男がいた。いや、体こそ男であるが、見た目格好は女。言うなれば女装家。でありながら人一倍発達した筋肉が、格好とのアンマッチさを演出していた。女は、いや男、いや女装家は興奮する龍馬を笑みを浮かべながら見つめた。まるで我が子でも見るような温かで優しい目だった。


すると、警察官がすーっと龍馬に近づいていくのが目に入った。
「すみません。ちょっといいですか。」
警察官が気怠そうに龍馬に声を掛ける。
「おお、なんじゃ?」
「君、こんな格好でなにやってるの。名前は?」
「ワシか?ワシは坂本龍馬じゃ。」
周囲の野次馬からは冷ややかな笑いが飛んだ。
「いやいや、そんなんいいから。名前は?」
「いや、だから坂本龍馬じゃ。」
「しつこいね、君。」
「しつこいのはおまんじゃ。さっきから言うとるき。」
「はぁ…まぁいいや。君、坂本龍馬なの?」
「いかにも。ワシは坂本龍馬じゃ。」胸を張る龍馬に、目を細める警察官。
「いやぁ…好きなのはわかるけどさぁ。
コスプレごっこは大概にしないと。」
「こすぷれ?なんやそれは?」新しい異国の言葉か?
龍馬はすっと真面目な顔になった。
ここが知っている世界ではないことをふと思い出したからだった。

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