第1話 坂本龍馬、マッチングアプリ使ってる説-02

女は名を島崎亜由美という。年齢は28歳、好きなタイプは元SMAPの稲垣吾郎。中学高校時代は女優の仲間由紀恵に似ているなどと噂されている時もあったが、至極地味なタイプだった。
島崎はごく普通の家庭に生まれ、4歳下の弟と共に順調に成長した。勉強は得意だったので進学校へ進み、親の期待に応えて一流大学へ進学。しかし
4年生となり就職活動が始まろうとした頃、突然休学し、海外を放浪した。初めて親の意思に背き、誰にも相談することもしない、云わば奇行だった。彼女にとっては反抗期が遅れてやってきたようなもので、特に深い意味があったわけでもなかった。
約3か月程世界中を点々とした結果、島崎は世界中に眠る都市伝説や超常現象に魅了されて日本に帰ってきた。なぜ彼女が突然オカルトに興味を持ったか、それはあまりに長く聞く価値のない話であるため、ここでは語らない。島崎はその後復学し、きっちりと就職先を決めて無事卒業してみせた。
しかし、その就職先は一流企業でもなければ公務員でもなかった。都市伝説ネットメディア。その名も、CAMONA(カモナ)。


CAMONAは都市伝説関連の記事を掲載している、実体のないネットメディアだ。いや、運営は確かに存在しており編集部も存在するが、それらのやり取りは全てインターネットを介したテレビ会議とチャット、メールでしか行われない。島崎も自身の同僚が何人いて、上司がどんな背格好をしているのかも知らない。知っているのは上司がウエシマと名乗る中年男性で未婚であることと、テレビ会議に映る顔がまるで泥だらけのジャガイモのようであることくらいだ。あとは執筆した記事量やアクセス数などに合わせて、きちんと報酬が支払われる。島崎はこれを天職と称し、約5年間無我夢中でライター兼編集として活躍した。あるときはカナダの山奥に籠ってビッグフットを探したり、またあるときはメキシコで一ヶ月暮らしてUFOの捕獲にもチャレンジした。昨年に『KING OF 都市伝説』と名高いフリーメイソン総本山とされるイングランドロッジにも取材に赴いたが、コネもアポもなかったため見事な門前払いを食らった。いずれも何の成果こそなかったが、彼女の書く記事はやけに信憑性が高く好評で、CAMONAのエースとしてすっかりその地位を築いていた。


ある蒸し暑い夜のこと、定期のテレビ会議に出席した彼女は上司のウエシマより興味深いことを言われた。
「巷で噂の、坂本龍馬をご存知か?」ご存知か、というのがウエシマの口癖である。何かにつけて存じているかを訪ねてくる。
「坂本龍馬なら知っていますよ、もちろん。」
「違う。君のいうのは幕末の坂本龍馬だろう。」
「そりゃあ、もちろんです。他にいますか?」
「いるんだよ、これが。」ウエシマが自慢げに画面に映したのは、アフリカ大陸マラウイの観光ページだった。
「マラウイ…?」
「あ、間違った。」
「今度の休暇に遊びに行こうと思ってね。おすすめの観光地は無いかな?」
「いや、私マラウイに行ったことないので。」
「なんだ、無いのか。」あるほうが珍しいことを彼は理解しているのか。
「普通ないと思いますよ。マラウイ。」私は国境なき医師団でもユニセフでもないんだから。と亜由美は心の中で呆れた。調査で外国へ行くことはあっても、アフリカはまだ経験がない。
「あ、そ。」ウエシマはまるで他人事のように飄々と画面を切り替えた。ネット記事が映し出される。

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