第6話 坂本龍馬を探す女-01

亜由美はガッチガチに緊張していた。
これから、ジョイナスを通じて見知らぬ男と会うからである。といっても実のところ、これで5人目である。彼女はこういったことに免疫がなく、ただでさえ誰かと喋るだけで体力を消耗するのに、それが赤の他人ともなると、彼女にとってはエベレスト登頂に近い疲労感があった。
化粧は無駄に濃く、心臓が異常に打ち、喉は乾き、手足も落ち着かない。ここだけを切り取ると薬物中毒の患者のようである。とにかく何人会おうと、こればかりは治りそうになかった。
しかし、我慢しなくてはならない。現世に現れた坂本龍馬の情報を手に入れるためだ。ネットに放り投げられた誰の記載かも分からない情報を記事にまとめて、偉そうな顔をしている記者と、私は違う。そんなプライドが彼女にはある。だからこそ、無謀でも海外にも渡れば、苦手でも無作為に人と会う。それが自分なりのジャーナリズムなのだ。イヤホンから聴こえてくるMy Revolutionも、彼女をそう鼓舞している。


「お待たせしました。」その声は背後から聞こえてきた。
女は後れを取った、と身構えて振り返った。そこには男がひとり、オブジェの様に立っていた。身体つきの良さはもちろんながら、南米人のような彫刻的な顔立ち。その日本人離れした姿は異様でありながらしつこくなく、メガネも合間って爽やかささえあった。
「阿部 寛!」亜由美は思わず呟いてしまった。
「お待たせしました。アユミさんですね。」
「ははははい…」ビブラートのように『は』が波を打つ。
男はそれには触れず「じゃあ、いきましょう。」
と実にしなやかにスマートに、亜由美を店へと案内した。みたところ歳は三十前後といったところだろうか、ストライプの入った黒のジャケットのセットアップに無地の白Tシャツ。小振りなトートバックを一つ持っただけの軽装備。腕にはスマートウォッチ。その着こなしからセンスの良さが伝わってくる。
その姿は、例えが正しいのか定かでないが、ライオンとトラを足して2で割ったような、肉食獣の獰猛さと勇猛さ、そしてネコ科らしい愛らしさを隠し持っていた。滲み出る『イイオトコ』具合に亜由美は眩暈すら覚えた。
この男がもし女に困っているのなら、それはこの世界が間違っている。そんな世界は、負のスパイラル、アルマゲドン、ねじれ国会…なんと例えればいいだろうか。ともかく、いい男だ。
店に着くと男は亜由美をソファの席に案内した。亜由美が座る前に、汚れてもいないソファをそっとハンカチで一拭きした。
「どうぞ。」亜由美は過剰サービスのホストクラブに来たような気分だった。店内に流れるMYSTERIOUS JOURNEYが、その過剰サービス
具合をさらに助長した。


どうしてここまで気を遣ってくれるのか。きっとこれから、お金か魂でも騙し取られるのだろう。そのときは私の代わりに記事にしてほしい。
『東京に潜む、妖怪コレゾイイオトコ』。きっと鬼太郎でも成敗できないだろう。男は歯並びの良い白い歯を見せて微笑み、ファーストオーダーを聞きに来た店員に向けて、颯爽と赤ワインを注文した。
お互い赤ワインが好きだという話をしていたので、男は赤ワインが美味しいお店を用意してくれていた。彼が告げたワインの銘柄は、ネイティブすぎてよくわからなかった。

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