第3話 龍馬の記憶とエルサルバドル-03

「な、新選組!こりゃあいかん!」龍馬は両手を大きく振って走り出した。その走りはオオカミの如く獰猛で、イノシシの如く単純だった。
「あ、おい!待ちなさい!」
警察官は急いで龍馬を追いかけた。夏の夜の新宿二丁目、ネオンに照らされた蒸し暑い道を、坂本龍馬が警察官に追われる。その絵はあまりに現実離れしていた。龍馬は人目を避けて薄暗い路地に差し掛かったところで、足を止めた。アスファルトと裸足はあまりに相性が悪く、さすがの龍馬も疲弊してしまった。


「はぁ…。ここは、どこなんじゃ…。」
「ここは、東京よ。」龍馬はワッと声を上げて振り返った。そこにはガタイの良い派手な女、いや女装家の姿があった。
「龍馬さん。坂本龍馬さんよね。」
「いかにも…おまんももしや、新選組か?」
「そんなわけないでしょ。こんな派手な新選組いた?」女装家であろうその者の恰好は、世界の終末に現れた虹色の蝶というカオス的テーマを纏った煌びやかで艶やかな衣服だった。ドレスともパーカーとも、スーツともコートともいえる未知の衣服は、龍馬からみて悍ましいほどの未来感だった。
「私の名前はエルサルバドル。よろしくね。」
「え、えるさるばどる…?けったいな名前じゃのお!おまん、異国の生まれか?」
「まぁそんなところよ。」エルサルバドルが差し出した手を龍馬は握った。
「おお、異国人か。シェイクハンドじゃ!」
「見つけたぞ!待ちなさい!」警察官の声、見ると直ぐそこまで来ている。
「おぉ、いかん!」
「龍馬さん、こっちよ。」
エルサルバドルは龍馬を誘導し、ネズミが住むほどの小汚い裏路地を小走りで駆けた。エルサルバドルは見た目の割に異常に足が速く、龍馬は必死で
付いていった。
ビルの谷間からは、どこかのスナックの誰かの歌声が漏れている。酔いどれのデュエットにRADWIMPS、本人による歌唱かと思うほどのDESIREも聴こえている。エルサルバドルはゴミ溜めを跳び越えて、錆びた裏口を開けた。そこはスナックやパブが乱立する雑居ビルのトイレへ繋がっていた。
「おお、ここは厠か?」
「厠?ああ、トイレ?そうよ、そんなことより早く。」
「すまん!ちょいと小便ええかの!」
「え、ちょっと!あとにしなさいよ!」
「無理や、我慢できんき!」そこから約15秒、
龍馬が用を足すのをエルサルバドルは見守った。


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