第5話 辿り着いたエルサルバドル-02

「まぁ、どうせ無理でしょ…。」

声にもならないほどの小さな呟き。
リカは自分を慰める予防線を張ることで、今を落ち着かせようとした。あの男のこと、リョウマのことはあまり他人には話してこなかった。結婚目前で逃げられたなんて笑い話にもならない恥ずかしい話だ。それなのに、どうしてあんなお願いをしてしまったのだろう。今日初めて会った奇妙な男に、同じ名の龍馬に、それらを告げた自分の心境を理解できずにいる。
同じ名前に共感を覚えた、いやそうではなく、彼の持つ雰囲気や異次元さにリカは魅入られていたらしかった。初対面どころか旧友のような距離感、現実離れしたその存在全てが彼女の心を上手く突き動かし、彼女は心を許した。それが坂本龍馬、歴史を動かした人物の力かもしれない…
とまでは深く考えなかった彼女は、インスタグラムに無心でいいねを連打しながら、4つ目のBluetoothイヤホンでI BELIEVE IN MIRACLESを聴きながら帰路についた。歩きスマホをさせたら彼女の右に出る者は恐らくいない。


夏の夜にしては風が冷たく、随分と涼しい。時刻は二十三時を過ぎたころ。龍馬はリカと店前で別れ、人気のない路地で立小便をかました。
龍馬はこのあたりで冷静になり、とんでもないことを引き受けてしまったと顔を歪めた。いくらこのスマートフォンとよばれる小箱が便利だといっても、無数にいる男の中から一人の男を探すことが困難であることは龍馬だって容易く想像ができた。しかしこれはただの人助けではない、自分のためなのだ。やるしかない。並外れた行動力を持つ、龍馬らしいポジティブな気持ちの切替で、今一度決意を新たにした。しばらく道なりに歩き、閑静な住宅街に入る。光り輝くコンビニを横目に駐車場を抜けて、さらに少し奥に進んだところにある低層マンション。エルサルバドル宅である。
龍馬は慣れた手つきで正面玄関のオートロックをセンサーキーで解錠した。エレベーターで3Fに上がり、303と付いたスチールドアを開ける。玄関からダイニングキッチンを抜けてリビングに入る。
白い肌に艶々したブリーフ一枚の大男が、Empire State of Mindとラウンジチェアに身を任せて揺れていた。入浴後のエルサルバドルに他ならなかった。

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