第16話 今夜のメイクドラマ-03

「リカ、おったぜよ!相沢リョウマじゃあ!!」
「相沢リョウマ、おまんが、相沢リョウマじゃな?」龍馬の問いかけに、リョウマはゆっくり首を縦に振った。
「アナタ、誰、ですか??」落ち着いた口調でリョウマが聞く。
「ワシは、坂本龍馬ぜよ。」
先ほどまでの動揺とざわめきは徐々に歓声と笑みに変わっていった。周囲は、これはきっとこういった催しなのだと勝手に理解はじめていた。
「いいぞー、坂本龍馬ー!!」
「よっ、日本の夜明けー!!」歌舞伎の大向こうのように、酔いが回った観客からは声が飛んだ。

「おまんを、ずーーーっと探しとったおなごが
おるぜよ。」
「いったい、これはなんです…?私はなにも聞いていませんよ。」
動揺を見せたリョウマがふと観客に目をやると、そこには人混みを掻き分け、髪がやや乱れたリカがいた。


「リカ…」リョウマは全てを悟ったようにそれだけ呟いた。そして崩れ落ちるように膝に手をやり、下を向く。
「酷いやつじゃ。あんなええおなごを捨てて失踪するとは。」リカはゆっくりとステージに上がってきた。まるで久しぶりに見るリョウマの姿を、まじまじと確認するようだった。
「間違いない、リョウマだね。」あの頃から髪型も格好も、ほとんど変わっていない。写真で見たときのままの相沢リョウマ。だからこそ龍馬も一目でそれを見つけることができた。「まさか、こんなところで、こんないっぱいの人の前で再会するとは思わなかったよ。」ふたりは会話しようとしない。龍馬が業を煮やして「おまんは、なんで失踪なんぞしたんじゃ?」と問いかけた。
「俺は、嫌だったんだ…別れを切り出して、悲しむ姿を見たくなかった。」
「なにそれ…そんな理由なら、急にいなくなったほうがもっと悲しいよ!」
「…俺はあのとき、一大プロジェクトを抱えていて。ある映画だったんだけど、それが成功すれば、正に文字通り出世作になる。それくらいの企画
だった。でも…撮影中に不慮の事故があって、撮影はおろか、プロジェクトごと凍結されることになった。俺はプロジェクト破綻の責任を取る形で、仕事を辞めたんだ…」
「うそ…」
「本当だ。俺は無職になってしまった。掴みかけていた大きなギャラも、プロデューサーとしての地位名誉も、全て消え失せた。あのときの事故が憎いとさえ思った。そのときは、自暴自棄になってしまって…
君との結婚どころか、生きることにも疲れた俺は、君にはせめて迷惑はかけまいと。」

「迷惑だよ。」
「えっ…」
「迷惑に決まってるじゃん!!こんなにいろんな人を巻き込んで!まぁ巻き込んだのは私だけど!勝手に失踪されて、私が、はいわかりましたって忘れるとでも思ってたわけ?そんなわけないじゃん…そんなのひどいよ。」リカは涙を浮かべて訴えた。
それまで騒がしかった酔っ払いたちも、固唾を飲んでその演劇を見守っているようだった。

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