第6話 坂本龍馬を探す女-02

「改めて、ケンユウです。よろしく。」
テーブルの上に差し出された彼の右手に、亜由美の右手が添えられる。
「えっと、アユミです。よろしくお願いします。」
「緊張してます?」
「ええまぁ、少し。」嘘だ。私の体はほぼ緊張が支配している。
「こうしてジョイナスでお会いするのは初めてですか?」
「いえ…。何人かはお会いしました。」
ジョイナスに登録したのは今から10日前。
この10日間で4人と会ってきた。未だ坂本龍馬に繋がる有力な情報はおろか、彼女の対人能力に改善の余地は微塵も見られなかった。
「そうなんですか、どんな方でした?」
「ええまぁ、そうですね。皆さん、素敵な方で…」


これまで会った人をダイジェストでお伝えするとすれば、ジョジョでは無いが、それは奇妙な冒険もしくは奇妙な体験であると銘打つ。
まず一人目は動物園に務めるという男。龍馬の話を知っているというので会ってみたが、龍馬は龍馬でも、動物園で飼育しているアライグマのリョーマくんの事だった。このアライグマは立つことはおろか、鳴くこともなければ、歩き回ることさえしない。ひたすらに寝る姿が人気を博すという革命児とのことだった。結果、動物の知識ばかり身について収穫はなかった。

二人目はインディジョーンズを名乗る冒険家の男。世界各地の遺跡を旅しているとのことだったが、よくよく聞けばただのツアーコンダクターだった。なんなら群馬の岩宿遺跡すら行ったことが無いらしい。そもそも男はインディージョーンズすらほとんど観たことがないという、ツメの甘さだった。まずは映画を観ることを勧め、別れた。

三人目は歴史研究家の女。同性であり歴史研究家ということで非常に有望な存在だったが、彼女もまた収穫には繋がらなかった。というのも歴史は歴史でも料理の歴史を研究しているらしく、やれ室町時代の食事がどうだ、江戸時代の食事がどうだ、開国後のスキヤキは革命だったとかを約3時間半、終電までご教授頂いた。ちなみに彼女は、これだけ研究熱心だが自称研究家であって、本業は都内のホテルのクリーナースタッフだった。定期的に研究結果をブログに公開しているらしいので、よかったらアクセスしてほしい。

そして四人目、彼は坂本龍馬を名乗る男だった。私は四人目にして本命を掴んだと思ったが、結果からいうとただのフリーターだった。男は坂本龍馬の生まれ変わりだと自負しており、日本をより良くするために、海援隊と称して日本海を遊泳したり、薩長同盟と称して山口県と鹿児島県の知事をアポなし訪問して突き返されたりしていた。定期的に京都に行っては人目を避けながら鍋を食べる事が生きがいとのことで、今は旅費を溜めるためにデータセンターでアルバイトをしているらしい。口癖のように、日本の夜明けぜよ、と言っては日本酒を飲んでいたが、しばらく彼の日本に夜明けが来ることは無いだろう。

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