第6話 坂本龍馬を探す女-03

ケンユウを名乗る男は、口を濁した亜由美の姿を見て、なにかを察したのかすっかり話題を変えた。

「僕も最近ジョイナスをはじめまして。面白い話を聞いたものですから。」気品と清潔感のある態度と話し方。時代が時代なら貴族のそれだ。彼の素性がわからないことが、より魅力を演出していた。
「面白い話、ですか?」
「ええ。坂本龍馬に会える、と。」坂本龍馬、その名前に女の目は泳いだ。
「なにかご存知ですか!?」突然息を荒くした亜由美に対して、ケンユウは少し驚きながらも爽やかに微笑んだ。
「いいえ、僕も噂に聞いた程度で。オカルトの類はあまり信用していないくらいで。」
「そうですか…すみません。興奮しちゃって。」そこに静かに赤ワインが運ばれてくる。ケンユウは自然にそれを手に取ると、乾杯の合図とともに少しそれを口に含んだ。


「探しているのですか、坂本龍馬を。」優しく微笑むケンユウに心を許したのか、亜由美は正直に「はい。」と返事をした。
「私、記者をしていて。坂本龍馬の噂の真相を確かめたいんです。」
「なるほど、そうでしたか。報道の方なんですね。」
「いいえ、報道なんていう大それたものではないです。オカルト記事を書いている、ただの変り者の女です。」
「そうですか、でも良い仕事じゃないですか。皮肉ではありませんよ。」
自然に、優しく撫でるようにケンユウは言葉を選んで話しているようだった。亜由美はそれに心地よささえ感じるほどだった。
「いえ、そういって頂けるのは嬉しいですけど。ケンユウさんは何を?」
「仕事ですか?僕は、人材会社で転職エージェントをやっています。」
そう言うと赤ワインを口に含んでから、ケンユウはまた口を開いた。
「あ、そうだ。僕は仕事柄色々な知人がいますので、都内で噂になっている坂本龍馬の件、詳しそうな方を今度ご紹介しますよ。」
「え、ほんとですか。」亜由美はこれまでにない笑顔でそれを喜んだ。
「ええ。上手くいくといいですね、今回の取材。」


いつもと変わらない東京の夜だが、亜由美には不思議の国のパレードのように煌びやかで希望に満ちて見えた。調子に乗ってワインを飲み過ぎてしまったらしい、真っすぐに歩くことすらできていなかった。
タクシーで送ると言ってくれたケンユウとは店前で別れ、亜由美は夜の街をフラフラと歩いて帰っていた。飲み過ぎたのはワインが美味しかったからではない。探していた情報にありつけた興奮が、酔いを促進していたのだ。ケンユウという男は社交辞令でそういったことを言う人には見えなかった。きっと本当に紹介してくれる、そんな根拠もない確信があった。


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