第4話 タイムスリップを知る女-02

「おまん、タイムスリップする方法、知らんか?」
龍馬はエルサルバドルから聞いたタイムスリップという言葉を流暢に使いこなしていたが、かなり発音がおかしい。女はその言葉を聞き、しばらくキョトンとした顔で静止したあと、また声高らかに笑い出した。
「なんが可笑しいんじゃ!ワシは真剣やき!」
「いや、ごめんごめん。タイムスリップの方法を
マジで聞かれるってウケるじゃん。」
「何か知らんか?」龍馬はあくまで真面目に、
懇願する顔で女に詰め寄った。
「いやー、ふつう知らないでしょ。」
「そうか…。ワシも自分で半信半疑やき。」
龍馬は能天気で楽観的な雰囲気こそあるが、頭の回転が速い論理的な男である。自分が過去から未来へ時空を超えてきたということを、現実として受け止めるのは容易ではないし、そう簡単に戻れるもの
でもないと自覚しているらしかった。


「いや、すまんの。変なこと聞いてしもて。」
「んー…実はさ。」女が突然重苦しく口を開いたため、龍馬は目を見開いた。
「実は、知らなくも、ない。」
「なんじゃ!!そりゃあまことかぁ!?」龍馬は驚きのあまり店内に響き渡るほどの声で問いかけた。
「声が大きいよ!」女は慌てた様子で身を乗り出し、頷いて答えてみせた。
「すまんき!すまんき!」龍馬が喜んでいる姿をみて女はいつもの調子で喋り出した。
「知りたい?」
「そりゃあもちろんじゃ!!で、どうやったらええんかの??」
「ヒミツ。」女は人差し指を立て、いじらしい顔で微笑んだ。
「なっ!?どういうことじゃ!」
「ただで教えるってワケにはいかないなぁ。」
龍馬は前かがみになっていた体を背もたれに預けて、腕を組んだ。
「まぁ、それはそうじゃ。商売とはそういうもんぜよ。」
龍馬は理解が早かった。伊達に幕末の激動の時代を生きてはいない。龍馬はこうした交渉や等価交換にはめっぽう慣れていた。


「で、何が望みぜよ。いくら欲しいんじゃ?」
「ウケる、お金の問題じゃないの!」
「なんと…取引とは大義と銭ぜよ。
その銭を求めんとは、おまんは志士ぜよ。」
「しし?ああ、ライオン?私、ヒョウのほうが好き。ヒョウ柄イケてるじゃん。」
しし=ライオンという知識は、一度獅子座を思いうかべて変換するという、複雑な方程式のもと成り立っている。
「強き志を持っているということじゃ。で、望みはなんぜよ。」
「うん、私さぁ。アパレルショップやってるんだけどね。」龍馬の真剣な顔がたちまちにクエスチョンに染まった。
「おお?アパレ…?何ぞそれは?異国の大砲か何かかの?」
「違う違う!大砲って、マジでウケる!」
女が笑う姿を龍馬は困惑して見つめた。
「えっとね、んー…服屋さんだよ。」女なりに最大限配慮した語訳だった。
「ふくや…?」
「ユニクロとか、わかる?」わかるわけがない。
が彼女は、ユニクロは大昔からあるという前提のもと喋っている。
「なんじゃそれは。」
「ユニクロないとか、めちゃ田舎住み?」彼女なりに精一杯考えて、「じゃあ、ZARAわかる?ZARAはもっと無いかなぁ…」と問いかけたが、龍馬は疑問に顔を歪めた。
「それは何を売っておるんじゃ。」
「服。」
「ふく?」
「これこれ、着てるやつ。」
「ああー、なるほど!」龍馬はやっとのこと理解した。
「そのユニクロというのは、現代の呉服屋か。」
「ごふく…?」相変わらず会話がスムーズには成り立たない。女は呉服というものをそもそも知らなかった。

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