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花火

生ぬるい夜
裸足のまま、窓から抜け出し、外へ出た

ドン、ヒュー、パン

家と電柱の隙間から
顔をのぞかせる花火
色鮮やかな光と、楽しげに鳴り響く音につられ
気づけば自転車で河川敷へとかけていた

足の裏に感じる、無機質なペダルの感触
住宅街はいつもと違った顔を見せていた

カメラを構えて、今年の夏を切り取る家族
どこか恥ずかしげに体を寄せ合う恋人たち
顔を赤らめながら、酒を交わす町内の大人たち
みんなが一つの空を見上げ、にぎやかに花火を楽しんでいた

お祭り騒ぎの人々を縫うように、自転車を漕ぎ進める
河川敷に連なるおびただしい数の人々の影
僕1人が入り込む隙間など残っていなかった
夏の夜に、僕の居場所なんてなかった

渋々、河川敷に背を向け、
土手の一本手前の、街灯がまばらな道へと
自転車を進める

驚くほどに静寂な闇に包まれていた
その闇の中で見つけた、遮るものが何もない夏の夜空
大輪の花火が咲き乱れていた夏の夜空

赤、黃、青、緑、紫、橙

咲いては枯れ
光っては消えて
ただ、一輪一輪の花火が
夏の一瞬を楽しく
そして儚く彩っていた

みんな河川敷に気を取られ、穴場に気づかなかったなんて
まるで灯りによる夏の虫みたいだな
愉快な感情に浸りながら、自分だけの闇を満喫した

ほんの一瞬、夜空を彩るためだけに生まれた
一つ一つの花火
一瞬を輝いて、その刹那に闇へと帰る
儚い運命を背負いながらも
花火はその一瞬を最大限に生き抜く
情熱を爆発させる
生きた証をめいいっぱいに刻み
散っていく
夏の夜空に、にぎやかな街に、人々の心に

意味なんてない
ただ、ひたすらに、まっすぐに

何のために生まれ
何のために生きているか分からない人生
今だって何をしたくて
何がどうなればいいのかさえはっきりしない
この瞬間を、心の底から生きていると
自信をもって言えるだろうか

ただ、これだけは言えるだろう
今、僕という花火は
空へと打ち上がっている最中であること
ちっぽけな世界で
皮肉な現実に塞ぎ込み
先が分からぬ未来に怯えている今日は
大輪の炎の花を咲かせるための
原動力となるだろう

未来という果てしない大空で
自分だけの花火を咲かせるその瞬間
最大限全力で生きていると
胸を張れるような人生にするために何ができるのか
その答えが
爛々と燃える胸の奥で
少しだけ見つかった気がした

この感動を
友達と、家族と、たくさんの大事な人とともに味わいたかった
来年はせめて家族だけとでも
最後の夏祭りを
花火を楽しめたらいいな
こっそり神様にお願いした

無機質なペダルの上
火照る素足
鼻息を荒らげ、家へと自転車を向かわせる

過ぎていく浴衣の人々
楽しげな笑い声
後ろで咲き乱れる花火

家の扉を開ける
「おかえり。」
あたたかい笑顔

瞳を閉じる
花火が終わる

夏が終わる

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