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ショート・ショート 「クリスマス症候群」





ショート・ショート 「クリスマス症候群」


年末なんて言うのなら、映画や本みたいに、世界も終わってしまえばいい。クリスマス症候群、浮かれて化粧の濃くなるように街は煌びやかさを増し、壁一枚で遮られているだけなのに遠く遠くの物語みたいで、マジックミラー越しに眺めているような気持ちになる。


クリスマスらしい音楽を選びスピーカーから流しても、私の選ぶ音楽はなんだか暗い、浮かれ模様のヒットソングを選ぼうとして指が竦み、結局ひとりぼっちのサンタクロースの曲を今年も聴いている。自分から離れ過ぎているものは何処か恐くなる、クリスマスの空気感へ馴染めるように試行錯誤するものの、真似事のようでこそばゆく、でもそんな幸せ自体は壊してしまいたくなくて、どうか無事に終わりますように、私の心の暗闇が、この瞬間だけは訪れませんように、と毎年願う。


人並みに生きていける方法は生活に潜むはずだから、そんな私でも今、ケーキを焼いている。同居人と共にクリスマスのお祝いをするためだ。スポンジケーキの余熱は170℃、生クリームをホイップミキサーで泡立て、均等の厚みになるように桃や苺を刻む、マジパンのサンタクロースは売り切れていたけれど、帰宅途中の同居人に頼むには、子供すぎるか、と諦めた。同時にポトフの準備を始め、同居人の帰宅する頃に出来上がるように仕込む。


この部屋と外の世界を繋げてくれる唯一のあなたは、香ばしいチキンと微かな街の匂いを黒いコートに纏い、勢いよくドアを開けた。
同居人が帰ってきたら部屋が少しだけ明るくなる。人がひとり増えただけなのに部屋も暖かく感じ、私が蝋燭ならあなたは炎だと思う。

 マフラーを解きながら、「今日はこの冬一番寒いらしいよ」と報告する鼻は冷えて赤くなり、苺のようで愛おしく、掴んでみたらウッ、と驚いた声を出した。もしパクッと食べてみたら、もっと目を丸くして驚いただろうか、それとも怒るだろうか、笑うだろうか、そんなことを考えながら笑い合う瞬間が幸せだということだけ、今のわたしには清く分かる。


 誰に何を言われても信じられない、このクリスマスが終わったら、穏やかな年明けがあるなんて思えない。黒いコートのサンタクロースが来なくなっても、わたしが生きていられるかは分からない。それでもいいなら、それでもいいから、今日はケーキを食べて笑いたい。ポトフも出来たよ、チキンはこっちの大きいやつが食べたいの、そうしてひとつひとつ、幸せを積み重ねて、それでも終わらない日々が訪れることに深く怯えながら、いつか、呆気なかったねって笑える日が来るように。



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《音声》



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