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いろいろな子に届く物語を|工藤純子(児童文学作家)【後編】子どもの本のインタビューvol.4

子供の本に関わる人々のインタビュー第4回目は
児童文学作家の工藤純子さん【後編】です。
後編では引き続き学校が舞台の『あした、また学校で』だけでなく、
戦争文学にあたる『てのひらに未来』についてや、作家になるきっかけなどもお聞きしました。
子ども達を見るやさしいまなざしには、どんなことを感じているのでしょうか?(前編はこちら)

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あしたまた学校で-使用

『あした、また学校で』(講談社)稲葉朋子・絵
小六の一将の弟の将人は、大縄跳び大会の練習に参加しなかったことを理由に、萩野先生にきつく怒られました。将人はそれをきっかけに学校に行けなくなってしまいます。兄の一将は、なぜ弟は怒られなければならなかったのか、大縄跳びで勝つことはそんなに大事なのか、学校は誰のためのものか、仲間と一緒に大きな問題にユーモラスに立ち向かうことになります。

楽しさって勝つだけじゃないですよね

●荻野先生は厳しいですが、先生としては一生懸命やっていてとても忙しいです。

 今の先生ってとても忙しいし、大変なんです。でも、小学校の6年間は子どもが大きく成長する大切な時期です。まだ発達途中ですから、失敗して当たり前。それを、見せしめのようにみんなの前で叱ったり、感情的に怒ったりするのは違うと思うんです。

●ただ厳しいだけじゃなくて、その裏にあるものが描かれているのがいいなと思いました。

 荻野先生みたいな先生にも、もちろんいい面があります。そういう面があれば、子どもってよく見ているから、厳しくてもちゃんと敬意を払います。そんな子どものまっすぐな気持ちに、大人は気づいてほしいなと思います。

●でも、勝たなきゃいけないみたいな意識が強すぎて、縄跳びで子どもに厳しくしすぎてしまいます。

 学校の中に、成果主義が蔓延しているせいかなと思います。全国学力テストでも同じですよね。学校としていい点数を取りたい、このクラスはいい点数をとりたいっていう競争原理が働いて、目的を見失っていると感じることがあります。

児童文学は愛や希望や友情をてらいもなく言える文学

●このお話の大縄跳びでもそうですけど、楽しむよりも「苦しむ」方が美徳とするところがありますよね。日本特有なのかもしれないですけど。

 荻野先生自身も、子どものころ運動会やスポーツ大会で嫌な思いをしたはずなのに、自分が大人になると、同じことを子どもにしてしまう。それでは、いつまでも学校は変わりません。

●荻野先生をはじめPTA会長など大人が子どもに理想を押し付けすぎる姿が描かれますが、どう感じていますか?

 大人の言動が、その子の一生を変えてしまうかもしれない。それくらい、大人の役割は大きいです。物語の中で、将人は自ら立ち直りますが、そこが子どもの強さですよね。でも、大人は子どもの強さに頼るばかりでいいのかな?と思います。学校に行かせるのが義務なら、行きたくなるような学校にするのもまた、大人の義務だと思います。
「学校はだれのものか?」というワードがくり返し出てきますが、大人にも子どもにも、そのことについて一緒に考えてほしいです。

●工藤さんの作品は、最後には優しさで物語が終演します。いつもどのような思いでエンディングを考えていますか?

 児童文学って、ラストに希望があるというのが、いいところだと思うんですよね。愛や希望、友情、仲間とかを、てらいもなく言えてしまう。大人の文学ではなかなか言えないような理想を語れるのが、私には合っているんです。子どもにはそういうことを伝え、応援していきたいです。

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てのひらに未来-使用

『てのひらに未来』(くもん出版)酒井以・絵
父が町工場を経営している中学生の琴葉のところに、天馬という年上の男子が住み込みで働くことになる。その天馬には、ここで働かなければならないある理由があった。そして父の工場もあることをきっかけに仕事が激減していく。そのどちらにも深く戦争が関わっていた。

戦争は遠いできごとだと思っていたのが
すごく身近なものだった

●町工場と戦争をテーマにしようと思ったきっかけはありますか?

 自分では戦争児童文学は書かないと思っていたんですね。でも子ども達から「自分たちが戦争をしたわけでもないのに、なんで戦争を忘れちゃいけないの?」とか、「戦争文学を押し付けられなきゃいけないの?」という話を聞いたことがありました。なるほど、確かにそうだなぁと思ったんです。   
 でも一方で、現在も、世界のどこかで戦争や紛争が起きているし、日本もずっと平和とは限らない。それどころか、日本の軍事費は年々増えています。それで、若い人達にも平和とか戦争を意識してほしいと思い、戦争をテーマに書こうと思ったんです。
 なんで町工場かというと、子どもが生まれた頃、私は下町に住んでいました。乳母車を押しながら歩いていると、どこからか「キーンッ」と工場の音がしてくるんです。その時は子育てもしていたので、ただうるさいなぁと思っていました。
 でも、その後『下町ロケット』が流行って、ロケットの部品を作れるってことは、ミサイルの部品も作れることを、記事で知りました。実際、調べたり取材したりしてみると、武器を作っている工場が、住んでいたすぐ近くにあったことがわかり衝撃的でした。武器というと、どこかの秘密工場で作るようなイメージでしたが、そうじゃないんですね。
 そのとき、遠いできごとだと思っていた戦争が、すごく身近なものになったんです。その気持ちを子どもたちにも伝えたくて、じゃあどうやって書けば若者が読んでくれるだろう? ……そういう思いで書きました。  

●無言館という美術館が出てきますが、これはどういうきっかけで登場させたんですか?

 前から知ってはいたんですが、琴葉が美術部という設定だったので、取材に行きました。たくさんの戦没画学生の絵が、その人のプロフィールと共に展示されているんです。戦時中なのに明るい絵が多くて、当時の学生にも普通の生活があったんだなぁと感じました。中には十代の人もいて、筆を持っていた手に鉄砲を持たなくてはいけなくなったんです。それって、今ある日常も、いつ戦争に変わってしまうかわからないってことでもあります。平和は、ある日突然失われる可能性があると痛感しました。

●お父様やお母様から戦争体験などは聞いたことはありますか?

 母は広島出身なんですが、たまたま山口県に疎開していたので、原爆を逃れたということを聞きました。それがなかったら私は今いないんだなって思うと、すごく意識しますよね。

一人じゃないんだって思ってほしいですよね

●工藤さんのお話は、主人公が何かに巻き込まれて困難を乗り越えるというよりは、弟だったり、身近な友達だったり、他の誰かを助けるために主人公が動き出すという物語が多い気がしますがいかがでしょうか。人に優しくできる主人公っていいなって思います。

 それは意識していなかったですね。何かがあったとき、本人が自分からアクションを起こすって、すごく大変なことだなって思うんです。今の世の中、自分でなんとかしろみたいな空気がありますよね。それを変えたいなっていう思いがあるからかもしれないです。

●誰かが助けてくれるっていいですね。

自分だけって思うと苦しいですが、一人じゃないんだって思えれば、もう少し勇気を持てるかなって思います。

●発達障害の話では、困っている子ががんばるだけじゃなくて、まわりのクラスの子も歩み寄ることが大事とお話されていました。同じように、誰かが困っていたら手を差し伸べる、という事に繋がるかもしれないですよね。
 『リトル・バレリーナ』や『恋する和パテシエール』みたいなかわいいお話もたくさん書かれています。それと学校の物語と、どのように書き分けをしていますか?

和パテシエール、バレリーナ

『リトル☆バレリーナ』(学研プラス)佐々木メエ・絵
『恋する和パティシエール』(ポプラ社)うっけ・絵

 私はもともと、読んで楽しいお話を書くのが好きでした。いわゆるエンターテインメント系ですね。
 でも、作家になって10年くらい経ったとき、ふと、このままでいいのかなって思ったんです。そういうのを楽しめる子どもばかりならいいけれど、毎日学校に行くのもやっとな子や、いろいろな困難を抱えている子が見えてきて……。
 ある作家さんに言われた、印象に残る言葉があります。「作家はいつか、自分の心の声に耳を傾けなきゃいけない時がくる」ああ、そういうことかなと思いました。だったら、そういう子達にも届く物語を書かなければ、私は作家である意味がないと思ったんです。

●どういうきっかけで児童文学作家になろうと思ったのですか。

 小学校5、6年生の時に、友達と二人で物語を書いて交換していました。そのとき、先生も巻き込んで読んでもらって(笑)。そしたら、しっかり読んで感想まで書いてくれたんです。その先生のおかげで、今の自分がいるのかもしれないって思います。だから余計に、先生(大人)の役割って大きいなと思うんです。
 作家になりたいと改めて思ったのは、社会人になってからです。日本児童文学者協会の創作教室に通いはじめ、講師だった後藤竜二さん(児童文学者。60年代にデビューして以降2000年代まで数多くの児童書作品を残した。児童文学を志す人達の同人誌「季節風」の代表を長く勤められました)に出会い、作家の道がひらけたんです。

●子ども達にお勧めの本などはありますか?

 お勧めの本って難しくて、本当に迷います。子どものころは、モーリス・ルブランの「ルパン」シリーズやE.W.ヒルディックの「マガーク少年探偵団シリーズ」なんかを読んでいましたし、ミヒャエル・エンデの「モモ」も大好きです。
 大人になってから読んだ児童文学も魅力的な本がたくさんあって、絞り切れません。ひとつ言えることは、大人にも児童文学をおススメしたいってことです! 子どものころを振り返ったり、今の子を知るきっかけになったりしますから、是非読んで頂きたいです。
                                 
●これから、チャレンジしてみたいことなどはありますか。

 やはり、学校のことは書いていきたいと思っています。学校っていろんな問題があるので、少しでもよくなるように、読者にも一緒に考えてほしい。それに、応援している大人もいるんだよって、子どもたちに伝えていきたいです。
 あと、幅を広げたいなと思っていて、低学年向けにも挑戦しました。11月下旬に『しんぱいなことがありすぎます!』(金の星社)を出版する予定です。どうぞよろしくお願いします!

●ありがとうございました。

しんぱいなことがありすぎます
工藤写真-修正


工藤 純子(くどうじゅんこ)
東京都生まれ。2017年、『セカイの空がみえるまち』(講談社)で第3回児童ペン賞少年小説賞を受賞。おもな作品に、『サイコーの通知表』『となりの火星人』『あした、また学校で』(ともに講談社)、『てのひらに未来』(くもん出版)、「恋する和パティシエール」「プティ・パティシエール」シリーズ(ともにポプラ社)、「リトル・バレリーナ」シリーズ(学研プラス)、「ミラクル・キッチン」シリーズ(そうえん社)などがある。日本児童文学者協会会員。全国児童文学同人誌連絡会「季節風」同人。


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