見出し画像

調布駅 酒とメシを教えてくれた「丁度いい」街 | 小倉愴

大学時代からの付き合いだ。

何が、と問われるとこの調布というまちの話である。
大学入学時、自分の家を友達の根城にされちゃうことに抵抗があった僕は
「大学に通いやすいが、絶妙に近くない場所」
という条件で物件サイトを検索し、このまちに行き着いた。
(もっともこの願望は、高校時代からの腐れ縁が狙いすましたかのように2駅先に住み着いたことで潰えることになるのだが)

僕が通っていた大学では、3年の進級時にキャンパスが変わるため大抵の学生はそのタイミングで文京区近辺に小さな引っ越しをする。だがサークル活動に入り浸っていた僕は、「サークルの活動拠点がそれまでのキャンパスだから」という当時を振り返るとなんとも頭がふわついた理由で調布にこだわり引っ越しを見送った。こうして4年間調布にズッカと腰を落ち着けることになった結果、サークル活動と遅刻の危機という二大理由で学業が危うくなり、必要単位を1単位も余分に取ることなくキッチリ耳揃えてなんとか卒業したのはまた別の話である。

画像1


そして今もここ、調布に住んでいる。
これは入社した会社の社員寮がなんとまあ調布にございました、というなんとも気の抜けた理由ではあるのだけど、なんだかんだで僕はこのまちに10年近く居座っているわけで、このまちを気に入っている。

ではこのまちのどこが気に入っているのか、と問われると返事に困る。
なにせこのまちを骨の髄まで楽しみ尽くした、と胸を張って言えるほど調布を練り歩いたわけではないのだから。

それでもぱっと思いつくのは「丁度よさ」かもしれない。
まずは場所の距離感が丁度いい。新宿までは京王線で30分もかからないし、明大前で井の頭線に乗り換えればこれまた30分でたどり着ける。京王線の逆をたどると多摩動物公園があるし、端まで行けば高尾山や八王子のサマーランドに行き着くのでレジャーも豊富だ。(サンリオピューロランドもあるが、残念ながら僕は行ったことがない。なぜか縁がないのだ)
ところで映画鑑賞と言えば、「ご趣味は何ですか?」という無難な質問に対する無難な回答トップ3に入る趣味だ。そんな中、週1で映画館に行かないと体調がどこかおかしくなるレベルで、胸を張って映画鑑賞を趣味と答える僕にとってこの立地は好都合だった。シネコンもちっちゃな映画館も取りそろえた新宿・渋谷、メジャー映画は客が集中するのでサブとして行きつけのTOHO府中、リバイバルなら下高井戸シネマ、最近では調布にイオンシネマ系列ができたので30分圏内でいろんな幅の映画を観ることができるのだ。これはシネマパラダイスである。

他にも丁度いいところがある。都会と田舎の融合具合が丁度いいのだ。
駅前は施設が色々集まっているが、10分も歩けばマンションと居酒屋、食事処、その他何やかやがランダムに立ち並ぶ。脇道に入れば「おう、こんなとこにもいなすったか」と言いたくなるような居酒屋が姿を現したりもする。挙句の果てにはちっちゃい畑までちらほらあったりするほどだ。こんなまちだからか都心ほどはせかせかしていない。少し歩けば団地とセットになった公園があり、子供たちがボールで遊んでいたり、老人がベンチでゆったりしていたり。時折すれ違う買い物袋を下げた主婦の方々もゆったり自転車を漕いでいる。そう、このまちは程よく都会だがゆったりもしている。この空気感は心地いい。

画像2

さて、僕は食べることが好きだ。特に美味いご飯を食べることが好きだ。食べることが好きなら当たり前の話ではあるけど。サークルの幹事を引き受けたのも、飲み会がチェーンの居酒屋ばかりで、話は咲かせられるものの十分に舌鼓を打てるわけではなかったのが一番大きな理由だった。

これまでの調布の生活、を振り返ると4つの料理が思い浮かぶ。
牛もつ煮込み、玉子の黄身の味噌漬け、ゴルゴンゾーラ風味のこんにゃくニョッキ、ペペロンチーノの4品だ。

牛もつ煮込みは、件の高校からの腐れ縁と調布の駅近くで飲もう、という話になったときにふらっと入った居酒屋で、地元が同じというだけで意気投合したおっちゃんに、日本酒とともに振る舞われた品だ。この居酒屋は今やもうない。
玉子の黄身の味噌漬けはなんか背伸びをしたくなって日本酒を飲みたくなり、駅から家路につく最中に少しどんよりした店構えにふらーっと惹かれて、日本酒のアテならこれです、という店員のセリフにホイホイ乗っかり頼んだ品。こっくりトローリとした感触と程よい味噌の浸かり方で杯は面白いほど進んだが、ここもいつしか別の店に変わっていた。
3品目のゴルゴンゾーラ風味のこんにゃくニョッキ。
これもまた腐れ縁のアイツとふらっと入ったワインバーで白ワインのお供に注文した品だ。普通のニョッキほどしつこくないけれどあとをひくゴルゴンゾーラの風味がワインに至極マッチしたのを覚えている。ちなみにこの店もしばらくしてつぶれました、とメルマガで連絡があった。

何はともあれこうしてお酒を嗜むようになった僕はついに調布で一軒のイタリアンを見つけた。ピザも前菜のカルパッチョも美味いその店は僕の胃腸にビールもワインもスイスイと流し込んだ。
そんな食事のシメに僕が選ぶのがペペロンチーノだ。
このペペロンチーノがとてつもなく美味い。僕はここのペペロンチーノが世界一美味いんじゃないかと本気で思っているほどだ。
にんにくとパラリ散らしたじゃこから出るダシがしっかり利いて淡い飴色になったスープにピリリと辛いパスタが程よく絡む。
教科書的にシメといえばお茶漬けかラーメン、と思っていた僕からすると、最初は「ガッツリニンニクの何かを食いたいな」という漠然とした思いで注文したパスタがシメとしてここまで機能するとは。
学校までの道のりを少しだけ短縮できる近道を見つけたようなワクワクが胸をよぎった。

画像3

冷静に振り返るとシメにパスタなんて今からすると王道以外の何物でもない。美味しいものが好きなんですよ、とその頃も相変わらずのたまっていた若造の自分の頬っ面を張り倒してやりたいところだ。

だがしかし、である。
ビールに限らず日本酒、ウイスキー、赤ワイン、白ワイン。アテも含めたお酒の嗜み方を僕はこのまちで学んだのだな、と思う。
マンションと居酒屋、食事処がランダムに並び、ちょっと脇道に入れば未だ知らぬ居酒屋があるような出鱈目なこのまちで。

先に挙げた4店のうち3店は悲しいかな、今はもうない。
でもだからこそ世界一美味いと思うあのペペロンチーノを出す、あの店にこれからも僕は通うだろう。そしてこの前ぶらりと脇道に入って新たに見つけたいかにもビールに合いそうな、ソースの味がガッとくる500円の焼きそばを出すあの定食屋にもまた足を運びたいと僕は思っている。

■小倉 愴(@sosawogura
京都府出身だが、何かと東京と縁のある社会人役者。
平日は会社勤め、土日は演劇の稽古に明け暮れる生活を送る……はずがコロナで一転、土日が暇になりました。
おちこんだりもしたけれど、げんきになるため、自分の居場所を守るためもがく日々を送ってます。
出演依頼はTwitterのDMまでお願いします。

*このエッセイは、住んで暮らす東京の街についてのエッセイ集『あの街』第2号の収録作品です。
▼その他の作品はこちらから


この記事が参加している募集

この街がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?