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池袋駅 人間ドラマは終電を逃したあとに | ふらにー

わたしの都民歴は今年で10年目になる。東京が他の都道府県と圧倒的に異なるのは、なんといっても複数の大都市を内包している点だ。地元愛知県には大きな街といったら名古屋くらいしかないけれど、東京には新宿や渋谷、品川に銀座など、カラーの異なる都市がいくつも点在している。

今までの東京生活でいちばん縁のある街は、間違いなく池袋だろう。学生時代は西口にあるキャンパスに4年間通っていたし、卒業したあとも大学時代の友人と会うときはたいてい池袋に集まる。社会人3年目のとき板橋に引っ越してからは、近所の飲み屋でひとしきり飲んだあと、タクシーで深夜の池袋に移動して朝まで遊ぶことも増えた。普段買い物をするにもアクセスがいいし、通い慣れた街にはある種のホーム感というか、安心感がある。

かつて池袋に10年住んでいたという年上の友人は、「板橋も住みやすいけど、池袋はダントツで楽」と言った。理由を訊ねると、「買い物も外食もぜんぶ近所で完結できるし、適度にダサいのがいい」とのことだった。「気合入れておしゃれしなくても、上下スウェットでZARAとか行けるし」と聞いて笑った。
その感覚はすごくわかる。1ヶ月前から池袋のダンススクールに通い始め、レッスンが終わったあとは汗だくで髪もボサボサだし、必要最低限だけ施した化粧も落ちているのだけど、その状態のまま駅前の日高屋やマックに入っても平気なのがめちゃくちゃ楽なのだ。

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池袋という街を形容するとき、親しみをこめて「汚い」という言葉を使うことがある。出身大学の名前を出すと、しばしば「お嬢様だね~」とか「キラキラ女子だね~」とかいう反応が返ってくる。だが少なくとも4年間の大学生活のうち、サークルにどっぷりと浸かっていた最初の1年間はキラキラとはほど遠い、「汚い」日々を送っていたなと回想する。

大学入学と同時に田舎を出て都内でひとり暮らしを始め、完全に自由な時間を手にしたわたしは、受験生時代のまじめさはどこへやら、とにかく遊びまくっていた。授業が終わったあとはサークルの先輩や同期とキャンパスの近くにある安居酒屋に行くか、天気のいい日はコンビニでお酒とつまみを買って公園でだべった。

この公園こそが、母校の一部の界隈では悪名高き西池袋公園、通称「西池」である。某大人気小説の舞台となった池袋西口公園とはまったくの別物だ。あそこほど治安は悪くないものの(ここ数年で再開発が進んでずいぶんきれいになったようだけど、わたしが学生だった当時はあまり近づきたくないスポットだった)、馬鹿な学生が夜遅くまでどんちゃん騒ぎをするので近隣住民から大学への苦情が絶えない、そんな場所だった。

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西池にはいろいろな思い出がある。下品な話だが、公園内にちゃんとトイレがあるのに「汚いから」という理由でそこでは用を足さず植え込みで立小便をする男性の先輩が何人かいた。彼と同期である女性の先輩たちは「1女(1年生女子の意)の前でやめてよ〜」と言っていたが、本気でやめてほしいとは思っていなかっただろう。サークル全体に「こういうことやっちゃう俺たち」みたいな空気が流れていたし、それを心地よく感じる人間が集まっていた。

夜の公園では、地べたに座って酒を飲んでいる学生の集団以外に、時おりカップルと思しき男女の姿も見かけた。お互いの身体に軽く触れたりキスしたりしていちゃいちゃしている彼らを遠巻きに眺めながら、先輩が「あそこ俺が小便したとこだぞ。こんな汚い場所でよくやるな」とつぶやき、その場にいた全員が手を叩いて笑った。別の先輩は「なんでよりによって西池なんだよ、いちゃつくならロンドン行けよ」とボヤいた。

ロンドンとはうちの学生御用達の、西口にあるラブホテルの名前である。宿泊料金が安価なわりに部屋がきれいでおしゃれで女子ウケがいいと評判だった。わたしが所属していたバンドサークル内にも愛用者が何人かいて、「おすすめだよ」とニヤニヤしながら言われた。ちなみに、今はリニューアルしてロンドンではなくリンデンという名前になっている。

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サークルに入部して1ヶ月ほど経ったころ、わたしはひょんなことから2歳年上の先輩をすきになり、すぐにアプローチを開始した。彼がサークルに顔を出す曜日を把握し、自分もその日に合わせて遊ぶようにした。居酒屋や西池で飲むときは彼の近くに座るようにしたり、「一緒にバンド組みましょうよ」と誘ったりして、少しずつ距離を縮めていった。この作戦が功を奏し、夏合宿のあとに向こうから告白されて付き合うことになった。

それまで交際経験がなく世間知らずだったわたしは、「もっと一緒にいたい」という理由でデートのとき軽率に終電を逃した。サークルのみんなと遊んでいるときも、終電を逃した組で深夜の護国寺を訪れたり、ハンバーガーを100個買って西池に集合し、十数人で手分けして朝まで食べるという馬鹿な遊びをしたり、池袋からお台場まで夜通し歩いたりしていたので、「朝まで一緒にいる」ことに特別な意味なんてないと思っていた。

だから彼に「ホテルとか行く?」と訊かれたときは少しびっくりしつつ、ラブホテルというのが一体どんなところなのか知的好奇心が湧いて、「なにもしないならいいよ」と返した。彼は事前にきちんと住所を調べていたのだろう、確かな足取りでわたしをその場所へ連れて行った。看板には"London"と書かれていて、これが噂のロンドンかと、どこか感慨深い気持ちになった。

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当時のわたしは「一生でひとりの人としかセックスしたくない。だから婚前交渉はしない」というカトリック教徒みたいな発言をして彼を困惑させた。ホテルの一室で、ほんとうになにもせず夜を明かした我々は、その後朝の薄汚い西池に移動して口論を交わした。「好きなら我慢できるでしょ」と主張するわたしと、「ちゃんと責任取るけど、結婚までしないっていうのはさすがにきつい」と言う彼の話し合いに決着がつくことはなく、その日は解散となった。

後日、他サークルの上級生にその現場を目撃されていたことが発覚した。「お前1女と西池いただろ」と指摘され、彼は最初しらを切ろうとしたらしいが、ほどなくしてその事実は周囲に知れ渡ることとなった。「西池でデートはやばいだろ」と笑われ、状況を説明しようにも事情が事情なので、ただ赤面するしかなかった。


今年の4月、飲み友達に「池袋でお花見しよう」と誘われて場所を訊ねたら、「西池袋公園」と返ってきて笑ってしまった。「西池でお花見とかウケるな」と思ったけれど、彼らにとっての西池はなんの変哲もない公園であり、あの場所で馬鹿な大学生たちが繰り広げた人間ドラマなんて知る由もないのだ。

結局そのお花見はコロナの流行で中止になってしまい、少し残念だった。すごく気になっていたのだ、社会人になってから知り合った友人たちと、あのころとはまったく違う文脈で西池の地べたに座って缶ビールを空けたら、一体どんな景色が見えて、どんな気持ちになるのだろう、と。

■ふらにー (@fnz____)
商社勤務×ライターのパラレルキャリア。noteでは日常やカルチャー、フェミニズムについて雑多に書いてます。酒と映画がすき。

*このエッセイは、住んで暮らす東京の街についてのエッセイ集『あの街』第2号の収録作品です。
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