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アシタカの不倫は正義か/もののけ姫で物語を考えてみた!

アシタカの不倫は正義か

ジブリ映画の代表作4本が劇場上映されます。
しばらく映画館に行けなかった人たちは、これを機会に映画館に戻ってくるのでしょうか?
これまで何度もテレビ放映されいる作品ですが、初めて映画館の大きなスクリーンで観る人は、作品の魅力を再発見するのでしょう。

ジブリ映画はディズニー映画と比べると色々と謎が多いと言われています。
例えば、「もののけ姫」の主人公であるアシタカの不倫疑惑があります。
そもそも、カヤという許嫁(いいなずけ)がありながら、サンを愛してしまいます。
さらに最悪なことに、カヤからプレゼントされたお守りの「小刀」をサンにあげてしまうのです。
映画の公開当時、この行動に多くのジブリファンは戸惑いました。
なぜ、アシタカは無節操な行動をとってカヤを裏切ったのでしょうか?
そして、なぜ、アシタカは故郷に戻らなかったのでしょうか?

この謎を解明するために、桃太郎の「きびだんご」がヒントになります。
そもそも「きびだんご」は何のために作られたのでしょうか?
もちろん、おばあさんが桃太郎のことを思ってこしらえた特別な団子です。
この「きびだんご」には鬼を倒して無事に戻ってきて欲しいという願いと、道中の空腹を満たして欲しいとの思いが込められていますが、桃太郎はこの「きびだんご」をサル/キジ/イヌに不用意に与えてしまったのです。

おそらく、これはおばあさんの気持ちを裏切る行為になったでしょう。
心優しい桃太郎はおばあさんのことを思い、初対面の動物たちに大切な「きびだんご」を与えることに躊躇したかもしれません。しかし、「きびだんご」を自分よりもお腹をすかしている動物たちに与え、家来としたことで鬼退治という偉業を成し遂げました。
つまり、大義のためにおばさんの気持ちをあえて断ち切ったのです。

一方、カヤがアシタカに贈った「小刀」にもカヤの思いと、これを持つ者を守る力があります。そして、アシタカがサンと契りを結び自らを犠牲にして守るべき存在となった時、この「小刀」を渡し共に生きる同志となったのは自然の流れです。

「きびだんご」が食料としての機能があると同じように、「小刀」も守り神としての機能が備わっているアイテムなのです。このアイテムを最も必要している相手に与え、より大きな大義を達成するのが、主人公である桃太郎とアシタカの使命となります。

そうなると、おばあさんやカヤの気持ちはどうなるのでしょうか? 
二人とも「きびだんご」や「小刀」が見ず知らずに誰かに与えられたことは
当初まったく知らないわけですから、この時点では誰も傷つきません。
おばあさんとカヤは、それぞれ桃太郎とアシタカが無事に戻ってきてくれることを待ち望んでいます。
その後、桃太郎は村に帰ってきましたが、アシタカは故郷に帰ってくることはありませんでした。

つまり、桃太郎が村に戻っても「きびだんご」はすでに食べてなくなっているので裏切り行為はバレませんが、アシタカが故郷に戻ってしまうと「小刀」はサンが持っていますので裏切り行為がバレてしまい、カヤを絶望させてしまいます。
彼が故郷に戻らなかったのはカヤへの最後の思いやりなのです。その結果、カヤはアシタカの帰りを待ち続けることになるのです。

妻のいる兵士が戦地で恋に落ち、そこで家庭を持って暮らしているが、妻はいつまでも夫の帰りを待っている、そんなヨーロッパ映画がありました。
おそらく、宮崎駿監督の恋愛美学にも通じるところがあるのかもしれません?

ヒーローズマップ_アシタカ

ヒーローズジャーニーのアーキタイプとしては、カヤはメンター心変わりする者の両方の役割を持っていると思われます。カヤは巫女として「小刀」をアシタカに託すことでメンターの役割を演じ、さらにアシタカがサンと恋に落ちると、身を引く女、さらに待つ女へと心変わりする者の役割を演じました。

カヤはすでにアシタカの子を身籠っている説があります。それぞれの場所でお互いのことを思いながら生きる、ということも映画のテーマだったのではないでしょうか?

また、映画では露骨には語っていませんが、かつて日本にもあった一夫多妻制の正室と側室の関係を容認しているとも考えられます。(今だと文春砲の餌食です‼︎)

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