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空っぽな人間だと思って焦っていた29歳が、自分を知り満たしていった20代最後の1年間

29歳最終日の夜に、更新しようとしてnoteにログインできなくなり、焦りの中記事を書いているあんぬです。
危機管理、事前準備大切!と思わされる何歳になっても詰めが甘い人間です…笑


さて今日は、自分には何も無いと焦っていた29歳の私が、
もがきながら最後の20代をどんなふうに過ごしたか?という話です。

29歳ラストウィークの先日、1年間にわたる潜在意識コーチングが終わりました。


ちょうど1年前、29歳になる直前
私は、なんにもない・空っぽな人間だ、と思っていました。

28年生きてきて、守りたい家庭も、信頼できる恋人も
キャリアのある仕事も、人とは違う『才能』も、無い。

…ない
……ない

な〜んにもない!!

世間の人たちのように人生進まない!
(お手あげ!やれやれ!)

お誕生日が来るけれど、このままでいいのか私?

30歳になって、そこから先あと何十年も、生きていくビジョンが見えない。
30歳以降の人生なんて、考えてない。

だって社会の人たちが生きてるように、恋愛?結婚?出産?人生のレベル上がってないし、仕事のステップアップ?…してないし…

私のような生産性のない人間は生きている価値がないとすら思いだす。

社会に何の還元もしてない人が生きてていいの?って。

暗く沈んだ感じではなく、生きる意味は、生産性があることだと思っていました。
今の私にはそれが無いけど、かといって人生やめられないし、消えたくはないし。

こんな私が生きていて、世間よ社会よ申し訳ない…


そんなふうに思っていた昨年の夏、
29歳を迎える自分への誕生日プレゼントとして、
コーチングを受けることに決めました。

きっかけはダイエット発信で繋がっていた、安藤小百合さんとの出会いでした。


潜在意識コーチングとは、自分のことを知っていく作業ではあるのだけど、間にコーチ(小百合さん)がいることによって、第三者の視点が入ってより潜在的・具体的に自分を探っていくような時間でした。

自分のことから始まり、家族、過去、境遇、思考、環境、人生、能力、得意なこと、満たされること…
好きな人から、嫌いな人、好きになった人や苦手になってしまった人、
尊敬する人などの影響を良くも悪くも与えてくれた人

何が好きか何が苦手か、何が得意か、何が苦しめるのか…

『何が』と『なぜ』をとことん突き詰め見つめる旅。

自分の中に塞いでいた過去や向き合いたくないこととも向き合う旅。

しんどいこととも向き合って、少しずつ自分の中に落とし込んでいくことを繰り返し…

気がつけば『あれ?何も無い…こともない?掘っていくと出てくる私の特徴って意外とあるかも?』と気づき、

空っぽな自分だと思っていたものが、だんだんと輪郭を帯びていきました。

何も無いのではなくて、私が見つけてなかっただけだったんです。



そして

29歳最終日の今日。

コーチングを受けて、20代の締めくくりを充実させた1年がすぎました。

コーチングを受けるときに決めていた目標、
こんな自分になれていたらいいなと決めていたことがあります。

  • 30歳の誕生日に心から笑えている

  • 胸を張って私は楽しく生きている!と思っている

  • 心地よい人間関係、環境、満たされることを見つけている


たぶん、めちゃくちゃ叶っちゃってます。
(厳密には誕生日まだ来ていないんだけど、最高の日にすると決めています笑)


初めてコーチング受けた日のメモ


目標を掲げた時より、もっと充実した自分がいることに驚きました。

今の私は、興味関心のある環境に飛び込んだり、新しい勉強をしたり、とにかく前のめりに人生を歩もうとしています。

前のめりって言うと進むぜ!みたいに思えるのですが、誰かに背中を押されるのではなく、自分の筋力と頭を使って進もうとしているイメージ。
判断も、選択も自分自身でしているのが楽しいし、進みやすい。


今は、胸を張って毎日楽しいと言います。
言えます、じゃなくて言います、と言えるようになりました。
自分でどうにかこうにか楽しくさせますよ!(メラメラ)って感じです。


でもね、


はたからみたら、私の存在・レッテル・キャリア・見た目って1年前と変わってないんです。


30歳独身子無しの会社員。

一言にしちゃえば、こんな簡単な説明になってしまう。


この一年で結婚したり転職したり出産したりする人もいたと思うけど、私はその辺一切変わっていません。

けれど、この1行には表せない厚みが今の私にはあるんです。
この1行はわからない、私の魅力はあったんです(と思う。し、思いたい)

自分が見つけてなかっただけ、見落としていただけ、見ないようにしていただけ、で自分を作る要素は実はたくさんあって、
それを自分に注いでいなかっただけ。

自分の輪郭という花瓶があって、そこに水を入れることで初めて満たされていると感じられる。
自分の輪郭っていう花瓶がわかってなければ、水も注げない。
わかっても水を注ぐのか、砂を注ぐのかでも満たし方は違う。

私はそれがなんなのかがわかりました。


あのね、

こんな風に思えるのが不思議なんですが、

私の考え方とものの見方が変わったと思うんです。

それにつながって、世界や社会や人間の見方も変わった気がします。


全く新しい人間に変わったというのも違う。
前のままというのもちょっと違う。

苦い過去も境遇も、嫌な気持ちも塞ぎ込んで鬱になる冬も、
逆にエネルギー全開で疲れ過ぎてしまうことも…
不器用な生き方も。
1年前よりうまく付き合う(飼い慣らす)ことが出来るようになりました。

消えるわけでも消したわけでもなくて、受け入れて扱えるようになりました。

それは、

負の感情も嫌な出来事も、私を構成する大切な要素だから、
消す必要はないし、必要なことだったんだと知ったから。

『私ってこんなだったんだね〜!!』
『これ好きなんだから、進んでみなよ!』
『ふさぎ込んだ時はこうして見よう』

とか、対話がもっと出来るようになりました。


自分が見えたからこそ、
自分と社会を俯瞰して、客観して見られるようにもなりました。

社会や世界はこうだけど、私はこうだからと分離して考えられるし、
逆に社会に生きる自分も、冷静に見ることができます。

今は、自分で人生を作っていくってめちゃくちゃ楽しいし、何でも挑戦できるとすら思います。
(なんでも、はちょっと言い過ぎかもしれません…)
挑戦するしないは自分次第ということに気づけただけでも大きな変化でした。



私という物語を生きていけるのは、私しかいない。

そう思うと、良くも悪くも自分にしたことが自分に返ってくるだけなので、気楽になりました。
以前の私は他人軸が多かったんですね。

きっといまは自分軸と他人軸が極端に存在している気がするから、
同じようにもがいている人が多いのかも知れないですね。

もがくのも、焦るのも悪いことじゃない。
いまもがいて焦っている人がいたら、それも大事なことだよ、と言ってあげたいです。
(本人は大変だと思ってるよね、わかる)

もがいてる時の自分の感情は、その理由を理解するだけで楽になれるとわかりました。

それは紛れもなく、小百合さんのおかげであり、
1年前の自分の選択のおかげでもあるなと思います。



自分の人生で、やりたいことはまだまだたくさんあるので、

ひとまず29歳の1年間を駆け抜けた私に、お疲れ様と言ってあげたいですね。

(お疲れ様ー!20代のエンドロール大充実でした!普通の映画の倍くらいのエンドロールかも!!抱きしめちゃう!)


友達にはいつも恵まれています



私が紡ぐ、私の物語


さあ、楽しむ準備はできました。
明日からも一歩ずつ、歩いていこう!




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