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くいいじ 茗荷と刺身のツマ

【2009年発行】の「食べ物連載 くいいじ」(文藝春秋刊)に掲載した文章をnoteに再掲致します。記事の内容は原稿制作当時の出来事です。(スタッフ)

食べ物連載「くいいじ」 茗荷と刺身のツマ


この夏、事務所の引っ越しがあって、暑い日もどしゃ降りの日も、スタッフの子達はその作業に追われまくっていた。
私はと言うと、申し訳ないことに鎌倉の自宅で呑気に漫画を読んだり、漫画を描いたりしていて殆どまかせっきりであった。
一段落ついたと言うので新事務所へ向かってみると、キレイに片付いていて驚いた。

まだ、少女誌の付録やら羽のついた仮面、バイキング帽、キリンの置物、カエルの人形などの「どうしていいかわからない物」が行き場無く片すみに積んではあったが、それをどうするのかを決めるのは私である。
そしてどうするか決めるのには大変エネルギーを使う。
私は「どうするんですか?」と言う顔でこっちを見ているスタッフのミナちゃんとナミーン(二名とも偶然ナミと言う名前なのでこう呼び分けている)に向かって言った。
「飲みに行こう‼」
 
「新事務所」と言ってはいるけど、そもそも元は自宅なので、近所に何軒かよく行く店がある。
そのうちのひとつ、和食のダイニングバーが今日の行き先だ。
そこがどうして好きかと言うと、よくある「和風」では無いからだ。
ダイニングバーでも無いかも。
店の雰囲気は蕎麦屋とか時代劇に出てくる居酒屋に近い。
半分くらいが座敷になっていて、黒い板で囲ってある小部屋が三つ。
古材を使った造りで昔の日本家屋の趣が出ているところも落ちついていて良い。

そして何より嬉しいのは「きゅうりの塩もみ」とか「水茄子刺身」みたいな、あっさりし過ぎて最近のオシャレ系和食居酒屋には無いような、日本の普通のおかずみたいな物がたんと有るところだ。
生ビールを頼んだら、すぐにメニューの選定にかかる。
ミナちゃんは店に行く前から「鮎の塩焼き」と呪文のように唱えていたので当然それを頼んだ。
私は刺身が食べたいので三点盛りにしてもらった。
 
「刺身のツマ」とはよく「どうでもいいもの」とか「メインに対する添え物」みたいな意味で使われるけれど、私はツマが大変気になる人間だ。
テグスみたいなゴワゴワの大根と乾いた紫蘇なんてのは言語道断。
お刺身だけ食べてると、それはそれで幸せではあるけれど、何だか野菜が食べたくなって来るのだ。
かと言って「アボカドとエビのサラダ」や、煮物の人参をつついたりしても今ひとつスッキリしない。

そんな時、シャキシャキの大根とか歯ごたえのあるいい香りの生わかめとか茗荷の細切りがたっぷりと紫蘇のうしろにあるのを発見すると、飛び上がるほど嬉しい気持ちになる。
そしてここの刺身も、メインくらい美味しいツマをたずさえているのであった。
シャキシャキ大根と千切りの茗荷、そして緑色のソウメンみたいな何か。
多分海草。
ゴワゴワしているようでいて食べると緑茶のようなさわやかな味がして、ミネラルたっぷりと言う感じ。
噛めば噛む程血液サラサラになって行くような気さえする。

大好きだ‼ この緑色の何かが!

しかしそれが「ツマ」と言われる所以なのか、単なる私の探求心の無さなのか、その「緑色の何か」が何なのか、知らないままで今日まで来てしまった。
大体、茗荷ですらこんなに好きなのにどうやってなっている物なのか知らなかった。
庭に自生した茗荷が成長し、生い茂っているのを見ては、ある日花のつぼみの様にポコポコと茗荷が先端に生えてくるものだとばかり信じ、指折り数えて「まーだかな♪」と唄っていた可哀そうな子(三十五歳)なのである。

植木屋さんに「有り得ねえ」って顔されながら真実(茗荷は土から出て来た新芽をつむもの)を聞かされた日のショーゲキ‼
もしかしてこの「緑色の何か」も、勝手に海草だと信じていたけど実はとんぶりの茎部分だった…とか言う衝撃の事実が有るかも知れない…。
そう思うと居てもたってもいられず、お店の女の子をつかまえて聞いてみた。
緑色の何かの正体を。
すると読者諸兄は「なはァーんだ」と思われるであろうけど「オゴ」と言う名の海草であった。

オゴ‼ 何その名前‼ とつっこむより早く私は
「あのーこのオゴだけおかわり下さい」
と注文をしていた。
ツマだけを喰う女。

かつてフリーになると決心した時に元担当だった女性編集者に他誌に移ると報告した折冷ややかに
「刺身のツマになんないようにね」
と言われた私だが、そのせいだろうか。
刺身のツマは美味しい。
美味しいかどうかで刺身の味も大きく左右される。
しかし、ツマだけを食べると、それはそれで、そんなにも美味しくないのだった。
そう考えてみると何やら深いような気もしてくるが、どうだろう。

©moyoco anno 無許可転載禁止


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