見出し画像

【現代の絵師!】安野モヨコが着物をつくったら?|「七緒」インタビュー

2022年11月に安野モヨコの着物「百葉堂」は二周年を迎えます。
「百葉堂」が始まった時期に、着物の季刊誌「七緒」2020年秋号に掲載された安野モヨコのインタビューをnoteに再掲載いたします。
インタビューの内容は掲載当時のものになります。
「百葉堂」アイテムの写真および、安野モヨコによるイラスト作品はnoteへの再掲載にあたり追加しています。(スタッフ)

江戸時代の吉原を舞台にした花魁の物語『さくらん』をはじめ漫画家・安野モヨコさんが描写する着物の美しさには定評がある。
「着物の文様を描くのが純粋に好き」という安野さんが 、最近夢中になっているのが、自分のための着物づくり。
しかも、素材に選んだのは、意外や意外!ポリエステル。
"本気"の制作作業の一部始終、ぜひ、見せてください!

インタビュー・文=吉永真由美

photo by Kidera Norio

安野さんと着物の付き合いをひもとけば、幼少期に遡る。
当時、一緒に暮らしていたお祖父さまは、 紳士服のテーラーを生業にしながら、ふだんは着物という粋な人。
一緒に散歩に行くと合切袋からきせるを取り出し、短い紙巻きたばこを吸う様子が、子供の目にも格好良く映ったという。
 
そんなお祖父さまの影響もあって、安野さん自身も子供の頃から大の着物好き。
お正月に着せてもらう黄八丈のアンサンブルに、夏祭りのゆかた。
その上、5歳児にして美しいと感じる着方にもすでに独自の目線があり「時代劇に出てくる女の人みたいに衿を抜きたい!」と、駄々をこねて叱られた逸話の持ち主だ。

『さくらん』講談社刊

高校3年で漫画家デビューを果たし、超多忙な生活を送っていた安野さんの中で、再び着物の存在が浮上したのは、30歳を過ぎたころ。
『さくらん』 の連載がはじまり、東京から鎌倉へ居を移そうとしていた時期でもある。
当時の鎌倉にはたくさんの古着屋があり、仕事場のある都内でも琴線に触れるアンティーク着物との出会いに熱を上げた。

『美人画報ワンダー』より 講談社刊

「いまもよくヤフオク!やウェブショップを徘徊していますが、かわいい♡ 着たい!と思う柄ものは、日常着として着物を謳歌していた昭和初期くらいのアンティーク。
ただ古いものは、汚れや生地の傷みも気になるし、そもそも身長168㎝の私にはサイズ的に無理なことがほとんど。
それに本体(笑)がフレッシュな若い子が着たらかわいいけど、年齢を重ねるにつれ、そのまま着るのは、かなり厳しく思えてきたんです」

『美人画報ハイパー』より 講談社刊

ではではと現代物を探すと、途端に江戸小紋のような端正な文様になってしまう。
安野さんが思い描く "大人がフツーに着たい柄のもの" が、世の中にないことに悶々としてしまったのだ。
「ならば、自分でつくってみたら?」そう言ってジェットプリントによる着物制作を薦めてくれたのは、自らも着物ブランドを持つ、着つけ師でデザイナーの友人だった。
好きなデザインをそのままプリント(ゴフクヤサン・ドットコムで製作)でき、さらに素材がポリエステルで、汚れたら洗えるというのも、安野さんが大いに心を動かされたポイントだった。

「私にとって着物は、夫と食事に行ったり、夕方から友人とワインバーで1杯飲んだり、そんな日常の中で、ちょっとだけおめかししたいときに活用したいワードローブなんです。
高価なよそ行きなら仕方がないけど、ふだん着の範疇なら、やっぱりまめに洗って気持ち良く着たい。
お気に入りの文様をポリでつくれるなら、着る機会が増えるのは絶対確実。
私の着物ライフに、まさにリアルクローズな1枚だと確信したんです」

小紋「千波万波(丁子香)」のコーディネート。帯、帯揚げ、半衿も百葉堂の商品。

繊細な迫力を感じさせる、この日の波文様の着物も、そうして誕生した1枚。
古着の着物に一目ぼれしたもののサイズが圧倒的に小さくて、でも諦めきれずに "目コピー" で文様を記憶に留め、安野さんが手描きでデザインを再構築したものだ。
一見、古典的な文様でありながらとってもモダン。
着姿には大人の清潔な華やかさが漂う。

着物の描写力において、漫画界では高い評価を得ている安野さんだが「最初は文様がまったく描けなかった」と笑う。
そこで取り組んだのが、浮世絵や図案の徹底した模写。
膨大な量の柄を脳にダウンロードしながら、自分の感覚の中にたたき込んでいく作業だ。
安野さんのフィルターを通った文様たちは次第に消化され、再編集されて生き生きとした独自のスタイルに発展していった。

一度見た文様を "目コピー" で記憶に留めるスゴ技も、そんな鍛錬がベースにあってのことなのだ。

「あとジェットプリントだと一度に数パターンの色見本が出せるので、配色を試行錯誤できるのも面白いんです。
色を反転させるだけでも、印象ががらりと変わる。
波文様の着物はもともとは黒地に白だったんですが、試しにベージュ地にブルーでも色指定してみたら、思った以上に良かった。
なので白黒の配色は袷(あわせ)にして、こちらはひとえに仕立てました。
友人にも好評で、色違いでつくってあげたりしています」

「千波万波(濡羽)」

とはいえ、 "紙" に関しては、キャリア30年のプロである安野さんも、 "布" へのアプローチに関しては、戸惑いも多い。
たとえばジェットプリントは、原画を一度写真に撮ってデジタルデータ化する必要がある。
そのため波文様のように、 "線" が主役になるデザインはいいのだが、ぼかしやグラデーションなどの微妙な "色" のニュアンスとなると、なかなか思い通りには再現できない。
実際にやってみないとわからないことも多く、失敗作である吹き寄せ文様の帯の習作を手に「漫画を描いていた方がよっぽどらく」と思わずため息も。
でもその試行錯誤の顛末を語る姿からは「着物が好き」という純粋なエネルギーがあふれる。

『さくらん』より 講談社刊

安野さんには、いつか帯にしたいと大切に温めている図案がある。
「桜や菊みたいな王道の文様だけじゃなくて、木蓮や蓮華、吹き寄せに柿みたいな柄を、もっと普段の生活の中で、気軽に楽しんでみたいんです」

ポリエステルとジェットプリント。
素材や技法は新しくなれど、移りゆく季節を繊細に捉え、身にまとう喜びは、着物が日常のファッションだったころの、おしゃれを愛してやまなかった女性たちの美意識に繋がっている。

安野さんの着物づくりは、まだはじまったばかり。

インタビュー初出:プレジデント社・「七緒」2020年秋号

安野モヨコの着物「百葉堂」のインスタグラムでは随時最新情報を更新中です。安野モヨコのエッセイやインタビューをさらに読みたい方は「ロンパースルーム DX」もご覧ください。(スタッフ)

続きをみるには

残り 0字

安野モヨコ&庵野秀明夫婦のディープな日常を綴ったエッセイ漫画「監督不行届」の文章版である『還暦不行届』の、現在連載中のマンガ「後ハッピーマ…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?