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安野モヨコが選ぶおすすめの本 奥深き香りまたは香水の世界

「Numero TOKYO」2017年9月号に掲載された原稿をnoteに再掲いたしました。記事内のお話は2017年当時の内容になります。(スタッフ)


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私が好きなあなたの匂い』長谷部千彩/著 (河出書房新社)
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記憶の中の匂いと共に

私は今香水の学校に通っている。
香りについては好きなだけで何も知らなかったので、習う事すべてが新鮮で驚くことばかりだ。その中で前から感じてはいたけど、より強く確信した事がひとつあった。

それは自分で思っている以上に記憶と香りはセットになって保存されていると言うことだった。

懐かしくて手に取った昔の香水をかいだ途端、その頃付き合っていた人といつも通っていたお店の扉の手触りや道すじの枯れ葉、流れていた音楽までを鮮明に思い出してしまう。なんてことは誰しもあると思う。

長谷部さんの『私が好きなあなたの匂い』というこの本は文章でその記憶と共にある匂いを思い出させてくれる。思い出す、と言うよりも体験させられる、と言う方が近いかも知れない。
同じ体験をしていないにも関わらずその時の気温や風の匂い、人の息遣いをありありと感じてしまうのだ。それは香りをかいで思い出す記憶と似ている。

画像や音楽はネットで検索したら見る事ができるし聞く事ができる。でも、香りは確かめられない。香りだけは自ら体験するしかない。と、私は思っていた。でも、ページとページの間から香りがする。
スティムレイテッドな、時には藁のような。滑らかな肌の触れ合う音とアルデハイド臭。夕闇に立ち昇るようなジャスミンの。薄く流れる煙の匂い。見上げた曇り空。都会の雨の匂い。どれも皆、知っている。自分の香りの記憶と混ざり合い物語を体感する。

本の中に出てくる数々の香水も長谷部さんが大切に思うものから何気なく手にしたものまで多岐に渡るのだと思う。私はほとんどの香水の名前しか知らず、実際の香りがわかるのは数えるほどしかなかった。
いくつかの香りを知りたいと思ってネットで検索したけれどそれらはすでに製造が終わっていて入手出来ない。少しがっかりしたけれど、それで良いと思った。一生知ることのない香りを、文字で身に纏うように体感できるこの本があるのだから。


テーマにまつわるその他の3冊

『匂いの哲学 香り立つ美と芸術の世界』
シャンタル・ジャケ/著 (晃洋書房)
古今東西の文学や美術品の中に、香りそのものを使わずに表現された「香り」を集めて一つ一つ解析した非常に面倒で面白い本。

『調香師が語る香料植物の図鑑』
フレディ・ゴズラン/著 (原書房)
実際の原料となる植物の写真だけでも楽しめる美しい図鑑。表紙の写真にときめく。多種多様な香水瓶に草花、香木。この棚欲しい。

『香水 香りの秘密と調香師の技』
ジャン=クロード・エレナ/著(白水社)
エルメス「ナイルの庭」の調香師ジャン=クロード・エレナによる指南書。専門用語が多いが、彼の言葉の選び方や表現のセンスが美しく芳しい。


Text:Moyoco Anno Photo:Koji Yamada
初出:Numero Tokyo

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*安野モヨコが香水の学校に通っていたのは、文章を書いた2017年当時のお話です。こちらの記事に関する感想などはコメント欄からどうぞ!(スタッフ)

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