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7月29日 七福神の日

 「何かいいことないかねぇ」

 姉がため息をつきながらぽつりと言った。

「えー、なんで」

「最近ついてない気がするんだよね」

 どちらかというとポジティブな姉がこんな風に弱きなことを言うのは珍しく、私はどう声をつなげるか少し迷う。

 そう言えば、最近の会社帰りの姉はいつもよりも静かかもしれない。単に仕事が忙しくて疲れているのかと思っていたけれど、何か落ち込んでいるのかもしれない。

「何かあったの」

 私はそう言って姉にお茶を入れようと台所に向かう。彼女の好きな温かいほうじ茶。

「うーん、最近ちょっと落ち込むことが多い。特に仕事ね。大きなミスこそしないんだけど、小さなミスがちょこちょこある」

 そう言って天を仰いでやはり彼女はため息をついた。

 彼女の仰いだ天とは我が家の天井である。ちょうど姉の視線のその先に昔から染みがある。私たちがまだ幼稚園児と小学生のころ、ぼんやりとどこか人の形に見えなくもないような見えないようなその染みを私たちは恐がり、母はそれをフォローした。

『これは神様だから大丈夫。私たちを見守っていてくれるのよ』

 幼稚園児ながらにそんなわけなかろうと思っていた私と対照的に、姉は目をキラキラと輝かせて、神様がそこにいることを大いに喜んだ。以来、彼女は我が家の天井に願掛けしたり、少し見つめてみたりしてなにやら神頼みをしたりするのだ。

 それで安心するなら良いけれど。

 天井を見てはその後も姉はため息をついた。

「はい、お茶」

「あ、ありがとう。嬉しい」

 暑い日に、熱いほうじ茶を涼しい部屋で飲むのはどこか特別な気がする。私もイスに座ってお茶を冷ますように息を吹きかける。私たちは姉妹揃って猫舌である。

「言葉は口にするとその通りになるって言うよね」

 ふいに私は姉に言う。

「最近ついていないって思って、そのまま口に出すと、本当についていないことが起こるって。なんかさ人間の意識の問題と同じだよね。こないだ自動車教習所で先生が言ってたんだよ。右に寄らないようにしようって思って右を見ていると右に寄っていってしまうって。人間は意識した方、視線を向けた方に向かっていってしまうんだってさ」

 どこでも何度でも聞いたことのあるようなことを言ってしまったあとで、私はちょっと恥ずかしくなった。ばれないようにほうじ茶を飲もうと湯呑みに口を付けるけれど、まだ熱くて飲めず、仕方なしにすすってみる。霧のような熱い茶が口の中に広がった。薄いほうじの香りがする。

「なるほどね」

 ため息と同じようなトーンで姉が言い、さぞ呆れているのだろうと思いつつ姉を見ると、目を輝かせていた。

「そうだよね!シロクマのことは考えるなって言われると絶対考えちゃうもんね。ついてないなと思えばツキもつかなくなるよね」

 うんうんと姉は自分でうなづいて見せた。そして、よし!と意気込んだ。

「私はツイている!!」

 そう言って湯飲みに手を触れた時、インターホンがなった。テンションの上がっている姉が、どこか弾むあしどりでに玄関に向かい、荷物を受け取った。

「有紀、すごいよ。私、本当にツキ始めた!」

 そう言って届いた荷物を開けると田舎の祖母からだった。私と姉が大好きな七福神のおせんべい。

「すごい、本当だね。すごいタイミングで神様が来た」

 わーいと、社会人5年目とは思えないテンションで姉は喜び、さっそくお茶請けにいただくことにした。ほうじ茶はすでに程良く冷めていて、七福神様のおせんべいと共にティータイムである。

 姉は笑っている。

 幸福は口に出せばやってくるらしい。

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【今日の記念日】

7月29日 七福神の日

群馬県前橋市に前橋本店、東京都中央区に銀座本店を構える株式会社幸煎餅(さいわいせんべい)が制定。せんべい造り100年を超える同社の人気商品「七福神せんべい」「七福神あられ」「銀座七福神」を多くの人に味わってもらうのが目的。日付は7と29で七福神の「七福(しちふく)」の語呂合わせから。

記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

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